2005年12月
2005年12月18日
イラク 誤情報のイラク戦争
ブッシュ大統領が、14日、イラク戦争についての演説で、「大量破壊兵器に関する情報の多くが結果として誤っていたのは事実」と明言、さらに「大統領として戦争に踏み切った責任を負う」と表明した。12日には、罪のないイラク民間人を3万人も殺したことも明らかにしている。戦死者が増える状況、イラクで戦闘状態の大統領声明は異例中の異例と言えるだろう。しかし、アメリカはこの戦争を「正義の戦争」と信じていることには何ら変わらない。そして、日本、小泉首相も正しい判断だったと早々に援護射撃の答弁を行った。取分け、麻生外務大臣にいたっては、「イラクへの参戦はテロに対する「安全」をより確かなものにした」と述べた。
アメリカの「正義の戦争」に対する妄信と原理主義は、私達にとって理解を超えた異次元の国として棚上げにするとしても、私の言語空間である日本の反応には絶句せざるを得ない。マス・メディア、市民運動を問わず、日本が日米同盟の下に参加した、国として戦争を是認したことは由々しき問題どころの話ではない。憲法9条の理念が表象するところは、日本が直接引き金を引かないということではなく、世界における戦争を認めないという発想が機軸になっている。従って、今回のブッシュ大統領の異常な声明に対して他人事を弄する日本が、改憲論議を展開しても、国際的、特に東アジアから見れば絵空事の平和論に過ぎないと考えるのが妥当であろう。
もはや日本人は日本的価値秩序こそ守れたとしても、あるべき世界秩序から逸脱した判断基準しかもたない国柄と再びなってしまった。国益とは得てしてこういうものかもしれない。しかし、国益は常に権益を代弁したものであり、事実である以上、侵略そのものでしかない。
愛想も小想も尽き果てる。 続きを読む
アメリカの「正義の戦争」に対する妄信と原理主義は、私達にとって理解を超えた異次元の国として棚上げにするとしても、私の言語空間である日本の反応には絶句せざるを得ない。マス・メディア、市民運動を問わず、日本が日米同盟の下に参加した、国として戦争を是認したことは由々しき問題どころの話ではない。憲法9条の理念が表象するところは、日本が直接引き金を引かないということではなく、世界における戦争を認めないという発想が機軸になっている。従って、今回のブッシュ大統領の異常な声明に対して他人事を弄する日本が、改憲論議を展開しても、国際的、特に東アジアから見れば絵空事の平和論に過ぎないと考えるのが妥当であろう。
もはや日本人は日本的価値秩序こそ守れたとしても、あるべき世界秩序から逸脱した判断基準しかもたない国柄と再びなってしまった。国益とは得てしてこういうものかもしれない。しかし、国益は常に権益を代弁したものであり、事実である以上、侵略そのものでしかない。
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2005年12月15日
北朝鮮 ミサイル防衛と集団的自衛権
15日産経新聞に「次世代遊撃ミサイル 共同開発最大3000億円」の記事が掲載されている。北朝鮮を仮想敵国としたミサイル開発も、新たなる脅威国中国を想定した三代目のミサイル新型SM3の開発である。一基時価15億円以上、断定できない金額が予想されるという、開発業者のおいしいお話し、中国が中距離弾道ミサイルを製造するからその対抗策で行う計画である。既にアリゾナ州で現行のSM3の発射訓練が日米共同で実施されている。この実態は12月6日「報道ステーション」、「ミサイル防衛最前線の衝撃」で放映された。国民にも周知の事実となったミサイル防衛の現実である。
米国との共同ミサイル防衛作戦は技術開発から製造、そして共同訓練、その現実は日常化した観を呈する。
10月29日、在日米軍再編中間報告で詳しく日米共同による安全保障が述べられている。正に、ミサイル防衛計画を文言化して、国民に分かり易く報告している。残念ながら、マスコミ、国民の関心は28日に発表された自民党の「新憲法草案」に釘刺しにされているが。
現憲法9条2項が集団的自衛権を抑止しているという幻想と願望の入り混じる主体は尊重しなければならないが、今の9条を守る運動の特化した成果が期待できたとすれば、それは、今日まで国民が許してきた解釈憲法の極みと言わなければならなくなる。国民が国民を説得、了解せしめたとしても、そこには、日本人の驕りと其の場凌ぎの東アジアでの孤立主義を際立たせるだけに終始することになり、結果的に日本人の民族性が問われることになる。本音と建前論は国内で通じても、国際的には無用の了解ごとである、時間の問題で破綻する。その時、日本の平和主義者はどのような講釈を宣ふのか、恐ろしいことだが目撃しなければならない。
米国との共同ミサイル防衛作戦は技術開発から製造、そして共同訓練、その現実は日常化した観を呈する。
10月29日、在日米軍再編中間報告で詳しく日米共同による安全保障が述べられている。正に、ミサイル防衛計画を文言化して、国民に分かり易く報告している。残念ながら、マスコミ、国民の関心は28日に発表された自民党の「新憲法草案」に釘刺しにされているが。
現憲法9条2項が集団的自衛権を抑止しているという幻想と願望の入り混じる主体は尊重しなければならないが、今の9条を守る運動の特化した成果が期待できたとすれば、それは、今日まで国民が許してきた解釈憲法の極みと言わなければならなくなる。国民が国民を説得、了解せしめたとしても、そこには、日本人の驕りと其の場凌ぎの東アジアでの孤立主義を際立たせるだけに終始することになり、結果的に日本人の民族性が問われることになる。本音と建前論は国内で通じても、国際的には無用の了解ごとである、時間の問題で破綻する。その時、日本の平和主義者はどのような講釈を宣ふのか、恐ろしいことだが目撃しなければならない。