ブッシュ大統領が、14日、イラク戦争についての演説で、「大量破壊兵器に関する情報の多くが結果として誤っていたのは事実」と明言、さらに「大統領として戦争に踏み切った責任を負う」と表明した。12日には、罪のないイラク民間人を3万人も殺したことも明らかにしている。戦死者が増える状況、イラクで戦闘状態の大統領声明は異例中の異例と言えるだろう。しかし、アメリカはこの戦争を「正義の戦争」と信じていることには何ら変わらない。そして、日本、小泉首相も正しい判断だったと早々に援護射撃の答弁を行った。取分け、麻生外務大臣にいたっては、「イラクへの参戦はテロに対する「安全」をより確かなものにした」と述べた。
アメリカの「正義の戦争」に対する妄信と原理主義は、私達にとって理解を超えた異次元の国として棚上げにするとしても、私の言語空間である日本の反応には絶句せざるを得ない。マス・メディア、市民運動を問わず、日本が日米同盟の下に参加した、国として戦争を是認したことは由々しき問題どころの話ではない。憲法9条の理念が表象するところは、日本が直接引き金を引かないということではなく、世界における戦争を認めないという発想が機軸になっている。従って、今回のブッシュ大統領の異常な声明に対して他人事を弄する日本が、改憲論議を展開しても、国際的、特に東アジアから見れば絵空事の平和論に過ぎないと考えるのが妥当であろう。
もはや日本人は日本的価値秩序こそ守れたとしても、あるべき世界秩序から逸脱した判断基準しかもたない国柄と再びなってしまった。国益とは得てしてこういうものかもしれない。しかし、国益は常に権益を代弁したものであり、事実である以上、侵略そのものでしかない。
愛想も小想も尽き果てる。続きを読む

