痛い政治ニュース

2010年 痛い政治ニュース 速報版

2007年08月

赤いモスクからジハード(15)


8月30日、残る韓国人人質も全員解放された。
改めて、亡くなられた2人の方に哀悼の意を表する


【8月31日政治ニュース=アフガン・ガズニ州】 31日CNN通信は『最後の女性2人と男性1人は、州都ガズニ市南方のジャンダで保護された。3人は地元部族の長老とみられる武装グループに連れられ、砂漠の中を歩いてやって来た様子だったという。引率者は記者団に、「(韓国人グループは)われわれを改宗させる目的でわが国に来た。だから拘束したのだ」などと記された手書きのメモを渡した。』、さらに『タリバーンの報道官は携帯電話を通して同通信と接触し、「今回成功したので、他国からのアフガン駐留軍にも同じやり方を使う」と予告したという。』 現地報道を伝えている。



一部マスコミは世界の関心の的になっている人質解放劇について、一件落着と報じているが、これは紙面上では事件性がなくなったからもはや報道するに値しないと言っているようなもので、特に日本においてはその傾向が著しい。日本のマスコミは、「危険」を理由にイラク、アフガニスタンの現状について実質上の政府緘口令に等しい状態で真実を伝える努力を回避してきた。



特に、日本は韓国人人質事件は、一件落着ではなく、これからの課題として受けとめる必要がある。これは、単に「テロ特措法」を廃案にすれば落着するという時限的、次元の問題ではない。



今回の人質事件の解放に至った基本的内容は、今後の「国際平和協力」という課題を象徴的に表している。タリバン側の解放へ向けての最終的判断は、「アフガン駐留韓国軍の年内撤退と、同国でのキリスト教布教活動の禁止」の2条項である。
歴史は、時に、右に剣、左に聖書をたずさえて他国に侵入、また、兵士は、イエースに殺すことの罪の許しを請い他国の人間を殺戮してきたことを証明している。



アフガニスタンの現実は内戦状態である。
韓国側は、釈放交渉で、グループの目的が布教ではなく、病院などでの支援活動だったと主張してきた。しかし、私たちが国際平和協力、人道復興支援という「錦の御旗」を掲げても、現地は内戦状態であればそれは、国連が何度も繰り返す侵略者への加担に過ぎないのだ。(続く)

軍備はシンボリックに膨脹する


防衛省の専守防衛隊は、攻撃型軍備の「隊」である。F15
【写真】F15戦闘機

【8月30日政治ニュース=防衛省】 29日中日新聞は『防衛省は29日午前、平成20年度予算の概算要求を自民党国防関係部会合同会議に報告した。総額は4兆8172億円で、本年度当初比0.7%増。・・・・・現在の主力戦闘機F15について32機の能力を向上させる改修費1123億円を盛り込んだ。当面、F15の戦闘能力を高めて防空能力の低下を防ぐ狙いがある。
海上自衛隊のP3Cの後継機となる次期哨戒機(PX)や、掃海・輸送ヘリコプターなどの取得費に1132億円を計上。・・・・・ 国産戦闘機の可能性を探るため、レーダーに捕捉されにくいステルス性と高い運動性を兼ね備える「先進技術実証機」の研究開発費として157億円を要求。 地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の取得などミサイル防衛(MD)関連経費に1580億円を充てる。』などの国防費の内容を報じている。



ここに掲げられている国防予算費は、飽く迄も軍備費用であって、日本が専守防衛を謳っている安全保障に付随する、自衛隊維持費用、「在日米軍再編」に関する費用、また国際平和協力を推進する為の時限立法、テロ特措法、イラク特措法など全く別会計になっている。従って、防衛省関連での1年間の総費用は想像を絶する金額になるはずである。



しかし、ここ5年の間での国民生活で奇妙な現象が生じている。それは、貨幣基準の「兆」に対する認識の希薄さと私たちには関係のない金銭勘定の世界になっているという現実である。
それは先週に発表された国債総額が昨年より35兆円増えているにも関わらず、私たちには関心のない数値になっていることだ。



25日、日本経済新聞は『国の借金 最大834兆円 国債や借入金などを合計した2006年度末(07年3月末)時点の「国の借金」が834兆3786億円にのぼり、過去最大を更新した。
06年度末の国の借金を国民一人当たりでみると、約653万円と前年度末より約5万円増えた。』と報じている。
私たちには、834兆円はイメージできないのと、5万円は「あ、そうか」という話になる。従って、軍事費の「4」という数字は「あ、そうか」で、「兆」はイメージできないとなる訳で、ほとんど関心の的にはならない結果に終始する。



「軍備はシンボリックに膨脹する」運命をたどる。

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韓国政府は「人質が一日も早く家族のもとに安全に帰ることができるよう、すべての措置をとる」と明言して、それを実行した。
韓国政府【写真】タリバン側の交渉担当者であるカリ・バシル氏(写真右)と共にインタビューに答える韓国側の交渉担当者(写真中)。28日行われた両者の直接交渉で、人質全員の解放が合意された=同日、アフガニスタン・カズニ州の赤新月社事務所前で(AP)

【8月29日政治ニュース=ソウル】 本日、各紙はアフガニスタンでの韓国人人質全員の解放に関する記事を掲載した。その一つ東京新聞は『アフガニスタン旧政権タリバンによる韓国人拉致・殺害事件で、韓国青瓦台(大統領府)は二十八日、人質十九人全員の解放でタリバン側と合意したと発表した。解放条件はアフガン駐留韓国軍部隊の計画通りの年内撤退と韓国人によるキリスト教の宣教活動の中止と説明。解放までには「少し時間がかかる」(青瓦台報道官)としているが、同事件は七月十九日の発生から四十一日目で解決に向け大きく前進した。』と報じている。

タリバン側は早ければ29日から人質を解放するとしているが、しかし、3,4グループに分散、拘束している為に、全員同時とはならず、最長1週間を要すると説明したといわれている。



解放条件については、『青瓦台の千皓宣(チョン・ホソン)報道官は解放条件について「(韓国軍撤退と宣教活動中止の)二項目が公式的な合意内容だ。他の点は論議されていない」と述べ、身代金支払いなどの可能性は否定した。』(東京新聞)と報じられているが、身代金条件は直接交渉の主な内容でもあったことはこれまでにも何度も伝えられている。アフガニスタン政府との交渉が決裂してからは、当然身代金交渉が難航していたことが、26日朝日新聞「タリバーン、身代金要求」で報じられている。これまでにも、高額な金額の要求「1人10万ドルを5万ドルに」という現地からの報道があった。



人質全員解放の公式基本2条件は、「アフガン国内に駐留する韓国軍の年内撤退と韓国人キリスト教信者による国内での布教活動の中止」になっている。さらに「非政府組織(NGO)の今月末までのアフガン出国」が条件になっている。
タリバン反政府武装勢力にすれば、これらの釈放条件は至極当たり前の要求であろう。考えればこれほど的を射た条件は無い。2名の方が犠牲になっているが、この条件を飲むことで韓国政府は、タリバンの脅威から逃れることができるのである。(続く)

軍備はシンボリックに膨脹する


ひゅうが2

【8月28日政治ニュース】 23日東京新聞は『水上戦闘艦で初めて空母と同じ全通甲板を採用した海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが」の進水式が二十三日、横浜市のアイ・エイチ・アイ・マリンユナイテッド横浜工場で行われた。
基準排水量は、海自の所有艦船で最大の一三、五〇〇トン。全長百九十七メートルの飛行甲板を持ち、英国やイタリアが保有する軽空母とほぼ同じ規模。世界的な基準からみると“ヘリ空母”とも呼べる護衛艦で、周辺諸国などからも注目を集めそうだ。』と報じた。



進水後はミサイルの垂直発射装置を備えるほか、最新の通信機器を設備するらしい。2009年3月就役予定で総費用は約1千億円ということらしい。



ひゅうが1

注目すべきは、海上自衛隊所有艦船で最大ということだけではなく、これまで(1988年)の政府見解、軍備は専守防衛のための装備に徹する、「攻撃型空母を自衛隊が保有することは 許されない」としてきたが、今回の「ひゅうが」は規格的に攻撃型空母と位置づけられる艦船である。しかし、1988年見解に基づき、従来通りのヘリコプター搭載護衛艦という規格の位置づけになっている。
ある専門家は、英海軍のジャンヌダルク級軽空母と同じだと評している。



軍備は自ら膨脹する

自衛隊の海外活動が本格任務化するその軍事装備は、まさに「防衛省」昇格による賜物である。
今回のヘリコプター搭載護衛艦「ひゅうが」の進水式によらず、既にステルス攻撃機F22Aラプターを購入しようと躍起になっている防衛省は、解釈抜きに攻撃型軍備配備である。しかし、政府はこの現状を常に憲法9条を楯に専守防衛論を吹聴して国民を欺いている。また、国民自体も専守防衛論は、一家の常備薬として救急箱に仕舞い込んで、その効能を点検しない。そして、私たちはその事実を知らされても、黙認の一手で、莫大な軍事費で財政を窮迫させる共犯者になっている。



自衛隊と天皇家は戦争と平和のシンボリックな矛盾の形式を共有しながら着実に膨脹を続ける。

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【格物致知】 軍隊(自衛隊)は国のシンボルか(8)

軍備は自ら膨脹しながら統制外のシナリオで破壊をもたらす
佐藤議員

専守防衛隊であっても、軍備は自ら膨脹する、また「隊」は自らの価値基準で本来的に指揮命令系統が内在するもので、「文民統制」は断じて金縛りの法にはなりえないのである。
この鉄則的な現実が今回の元イラク先遣隊長、佐藤議員の発言である。



佐藤議員発言をめぐってその違憲性を弁護士、反戦市民団体が糾弾しているが、佐藤議員発言は決して一個人の思いつきではないことを石破茂・前防衛長官は、既に著書「国防」において「救出シナリオ」を書いているのである。「隊員を見つけたら(犯人に対して)説得を行い、武器を使わざるを得ないような状況になれば武器を使う」という。佐藤議員発言の正当性を擁護するものとなっているのだ。
従って、「日本の法律で裁かれるのであれば喜んで裁かれる」という発言は、「裁けるものなら裁いてみろ」という裏返しで、防衛省制服組の「あまりに軽率な発言」は、本音と建前をわきまえろということなのだ。



結局は、極限的状況においては、「隊」は武器を行使するのである。こうしてみれば、武力を正当化せざるを得ない解釈は、決して「平和の構築」とはならず、反対の「戦争=破壊」にしか行き着かない。
そして、この論をよく考えれば、この観点では、佐藤議員と同じ発想が見えてくる。即ち、法的整備がないところでは、武力行使も十分あるということだ。武力は正義ではないが、戦闘状況を凌駕する方法論として生きてくるという現実論の理屈である。



そして、この現実論の理屈は、両者にかなりの自信を与えているものと考える。従って、佐藤議員は胸を張って「目の前で苦しんでいる仲間がいる。普通に考えて手をさしのべるべきだという時は(警護に)行ったと思うんですけどね。」という発言になり、伊勢崎氏は、「アフガニスタンの現状を武力でもって制圧するべし」と日本政府に助言することが出来るのである。



最後に

同盟軍に対する「駆け付け防戦=攻撃」は違憲である矛盾を抱きながら、あえてその違憲状況が予想される平和構築活動、貢献、人道復興支援については、日本政府は世界の先進国がどのような理由付けをもってしても参画すべきではない。現在の日本政府をとりまく世界の先進国と同じ価値基準で世界に対して戦略的でなければならない理由はどこにもない。残念ながら、あるのは国際関係に対して常に日本は、米国の要望国としての見解しかもちえないということだ。これを端的的確に言い当てたのが、小泉前首相の「日米関係さえ良好であれば全てよし」ということだ。その金縛りは現在も解けるどころかよりねじれた、錯綜したかたちで、一つ一つ糸を手繰るにはもはや手の施しようがない、これが現実である。



従って、現状の政府の状態では、「国際平和協力」、「人道復興支援」は、佐藤議員の公式サイトに掲げられている、「現場を知るからこそ、平和、命の尊さ、そして人の痛みがわかる」、また、伊勢崎氏の、「国際貢献は9条の心で」は、平和の周辺では意味をもつかも知れないが、しかし、武力を常に想定しての協力、支援であり、本質的には「武力」そのもの、「戦争」を誘発させるものである。
悲しいかな、「軍」であれ「隊」であれ、集合体そのものが「戦う」語源をもっている。これは私たちの外にある力で、「国民」はもとより「国家」からもしばし遊離することを運命づけられている。



自衛隊と天皇家は、戦争と平和のシンボリックな形式を共有して、矛盾を昇華するかたちで国民に浸透を図ってきた。現在ほどシンボリックな形式として安定した時代を迎えている時はない。

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【格物致知】 軍隊(自衛隊)は国のシンボルか(7)

国際紛争と憲法9条

然らば、伊勢崎氏の主張する『「一般市民を殺さない」国際貢献のためには九条を改正してはならない』は、いささか矛盾することになる。国際紛争の解決手段として戦争を放棄しているのが憲法9条である。そして、忘れてはならないことは、武力行使、戦争は必ず一般市民を殺すということだ。

日本政府のイラクへの自衛隊派遣について、日本人の「平和ボケを最大限に利用した発言です。イラクで殺された人たちには、日本にとっての北朝鮮問題など関係ない。自分たちの平和を他の民族の血であがなって平然としているのは、国家の品位が疑われます。」(5月1日東京新聞)と批判しているが、品位が疑われるのは、世界の現況を追認して、憲法9条を信奉する現在の日本人である。



これでほぼ、どうして伊勢崎氏はNHK番組で「日米同盟は現状でよい」という選択をしたのかという疑問は理解できたかと思われる。伊勢崎氏にすれば打ってつけの質問であった訳だ。善意に勘繰れば、解説者は藪蛇にならないように説明を避けたのかも知れない。



最後に「文民統制」について考えてみたい。
伊勢崎氏は「近代民主国家による国際平和のための海外派兵は、文民統治が原則である。」、「日本社会が、“軍”に既得権を与えないというこの仕組みを、未来永劫、内包するために、この先、政局がどう転んでも、憲法では“軍”の存在を明記しない方がいい。」(日本の論点)と自衛隊歯止め論をきっちり謳っている。今年になり、防衛庁が防衛省に昇格して盛んに吹聴されているシビリアン・コントロールである。
しかし、日本の自衛隊は、現在は米軍の後方部隊であり、世界の要請と日本政府自らの渇望として多国籍軍の仲間入りを画策している現実状況では、理念は常に裏切られる宿命を背負っているというこれまでの解釈を覆すことはできない。解釈の追認、継承は、「ミイラ取りがミイラになる」ことだ。(続く)

どうする 民主党 新日米同盟(17)


【格物致知】 軍隊(自衛隊)は国のシンボルか(6)

「対外経済協力特別委員会」での報告

対外経済協力特別委員会は16日、アフガニスタン武装解除日本政府特別代表を務めた伊勢崎賢治・東京外語大教授から話を聞いた。伊勢崎氏は日本の政府開発援助(ODA)を活用し、アフガニスタンの軍閥・民兵の武装解除、社会復帰を推進。民主的な選挙を行える環境を整えた。同氏は「アフガニスタンの武装解除は成功し、『軍事社会』だったアフガニスタンは『民事社会』に変わった。しかし、各地域の力の均衡が崩れたため治安が不安定になっている」と、国軍や警察の力を強めることが急務であると指摘した。』



『「軍事社会」だったアフガニスタンは「民事社会」に変わった』という認識は、2001年米軍の空爆後6年間、3万人前後の有志連合軍が駐留して、明らかに米軍の傀儡政権でしかない現況で、現在内戦状態にあり、有志連合国への援軍をどこかしことなく求める状況は、どうみても「民事社会」における治安が不安定だとの認識には至らないのが正常な判断だと考える。
さらにここで問題なのが、「治安が不安定になっている」と指摘して、アフガニスタン国軍と警察力を強化する必要性を説いていることだ。



2006年11月の状況を考慮するとしても、「治安の不安定」を武力で民事的環境に整えるというのは、武力は武力の誘発を招く結果に終始している歴史認識からして「平和構築」の根源的理念に反する決断だといえる。取り敢えずの「治安の不安定」回復は、力の均衡を安定化させるための休戦調停への働きかけが一つの方法として語られなければならない。しかし、それが出来ないのは、米軍がアフガニスタンへ侵略しているからに他ならないので、撤退は米国固有の正義意識、価値基準の誤謬を認めることにならないかの自信喪失になるからだ。



兎に角、伊勢崎氏は「平和を築くためには軍事こそ直視すべき」であり、「外交努力が尽きた先の究極の手段として、武力を必要とする状況が国際紛争にはあります。」と断言する、戦争容認論者なのである。

どうする 民主党 新日米同盟(16)


【格物致知】 軍隊(自衛隊)は国のシンボルか(5)

自衛隊は米軍の後方部隊 専守防衛とは程遠い「隊」である

私たちは、自衛隊は、「在日米軍再編」で米軍の作戦実行の補助ならびに後方支援体制に統合されていると理解している。
イラクでは、航空自衛隊は、「イラク特措法」で、米兵とその関連物資を運ぶという後方支援を実施している。アフガニスタンでは、海上自衛隊が「テロ特措法」でアフガニスタンへ戦闘に向かう米国の有志連合国に無料で燃料を提供している。
これは、普通に考えて立派な米軍の戦争への「加担」だと考える。
要するに、日本の自衛隊は、米軍の後方部隊として軍事作戦を実行していると断言できる訳だ。



現時点において、自衛隊について、理解しておかなければならないことは、伊勢崎氏が理想とする「九条を改めるべきでなく、自衛隊は、国内の“自衛”に徹した“隊”のままでいいと考える」という訳にはいかない悲しい状況にはまって入るのだ。
また、国連中心主義への願望と妄想への傾注は、極めて危険な判断を定着させる根拠になっている現実は、国連自体の見直し論が迫られているのが現在の確かな状況であると考える。
現在、日本が改憲問題にまで発展させているイラクとアフガニスタンへの係わりは、両方とも米国の個別的自衛権の戦争であり、日本とは基本的に関係ない戦争である。これを正当化するために、日本の政府は、「日米同盟」を掲げ、国連のというまやかしの後付決議で国民を騙し、さらに国際平和貢献での「人道復興支援」だという全く根拠外れのスローガンで、イラクとアフガニスタンの住民を殺戮する片棒をかつぎながら、米国と連合軍への支援を惜しみなく繰返しているのが、日本政府、自衛隊であるという現実はもはや覆す何ものもない、これが実態である。



しかし、伊勢崎氏においては、現実に対する見解と解釈が私たちと違うのだ。
2006年11月16日の自民党ニュースに掲載された「対外経済協力特別委員会」での伊勢崎氏の報告は、私たちのアフガニスタンに対する認識とあまりにもかけ離れたスピーチになっているのだ。(続く)

どうする 民主党 新日米同盟(15)


【格物致知】 軍隊(自衛隊)は国のシンボルか(4)

伊勢崎氏 2006年「日本の論点」から

先ず、「日本の論点」で『近代民主国家による国際平和のための海外派兵は、文民統治が原則である。多国籍軍の活動も、国連安全保障理事会という文民の“政治的判断”によって監督されている。わが自衛隊がその指揮下にないのなら、文民統治は現場でどう担保されるのか。
ゆえに私は、九条を改めるべきでなく、自衛隊は、国内の“自衛”に徹した“隊”のままでいいと考える。
』と述べています。



また、5月1日東京新聞の論説「平和構築 軍事こそ直視を」においては、『護憲派にも言いたいことがあります。「軍事を否定することが平和につながる」という考え方は改めた方がいい。平和を築くためには軍事こそ直視すべきです。自衛隊に関することは頭からだめというのも間違い。
国連平和維持活動(PKO)に基づく自衛隊派遣も九条だけにこだわり、九八条二項(条約・国際法規の順守)や前文からはとらえてこなかった。外交努力が尽きた先の究極の手段として、武力を必要とする状況が国際紛争にはあります。九条を盾に国連の行動までも反対すると、逆に九条の首を絞めることになります。』と主張している。



これらの主張から、伊勢崎氏は、国連に対する絶大なる信頼を寄せていることがうかがわれる。その絶対視的解釈から多国籍軍は正義軍の化身だとの見解を主張しているようだ。
「軍事を否定することが平和につながるという考え方は改めた方がいい。平和を築くためには軍事こそ直視すべきです。」、「外交努力が尽きた先の究極の手段として、武力を必要とする状況が国際紛争にはあります。」といったところに表れている。



従って、伊勢崎氏の「平和構築」論は、戦闘状況にある現場で「平和構築」を成立させるには、武力での均衡も視野に入れなくては成り立たないという現実路線を念頭においているものと考えられる。従って、時には武力の必要性も真剣なのだということになるのだろう。

そこで、次に伊勢崎氏の現実認識の次元について考えてみたい。(続く)

どうする 民主党 新日米同盟(14)


【格物致知】 軍隊(自衛隊)は国のシンボルか(3)

伊勢崎賢治伊勢崎賢治氏の「平和構築」論は本物か

もうひとつ認識を深めなければならないアンケートがあった。NHK側の質問で、日米同盟について、「もっと強めるべきだ、現状でよい、弱めたほうがよい」という設問が出された。左翼的、右翼的各3名、6名の有識者パネラーにNHKは意見を求めた。というのは、右翼的3人の方が「弱めたほうがよい」になっているからだ。しかし、これは当然の意見表明で、願わくば、軍隊を強靭なものにして独立国日本を夢想しているから理解できる。問題はただ一人、護憲派として出席している伊勢崎賢治氏が「現状でよい」と表明していることだ。ここに最大の今日の矛盾の限界が垣間見られる。



即ち、自衛隊は必要なのである。従って、NHKは野暮な質問を右翼側にして、伊勢崎賢治氏を無視した。本来ならば、一人だけ異論が出たのだから当然その理由を聞かなければならない。あえてそこを素通りするところに、二項対立的な構図を突きたくないという、強いて言えば、参加者と視聴者に配慮した形をとったと考えられる。又もや一つ「自衛隊廃止論は今後話題にしない」タブーが増えた訳だ。



そこで、どうして伊勢崎賢治氏は「日米同盟は現状でよい」という選択をしたのかという疑問が残る。周知のように、伊勢崎氏は、元自衛隊員と共にアフガニスタンに出向き、軍閥、民兵の武装解除、社会復帰を推進させた功労者と紹介されている。いわば戦場の現場に立ち「平和構築」を考えた人だとされる。
そこで、伊勢崎氏がアフガニスタンでの経験から発言している「平和構築」論の考えを具体的に検証することで、「日米同盟は現状でよい」という回答になったかを探ってみる。
伊勢崎氏は、2006年「日本の論点」に『「一般市民を殺さない」国際貢献のためには九条を改正してはならない』という論考を寄稿している。イラク、サマワでの自衛隊人道復興支援の評価について言及しているのだが。(続く)

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