2008年02月
2008年02月29日
セルビア・コソボ 再び内戦か 21
【2月29日政治ニュース】 これまでマスコミは、コソボの独立に向けた現地ニュースを主に報じてきた。また、欧州連合(EU)とロシアの対立を背景にセルビアからのコソボ独立という視点で伝えられてきた。
28日産経新聞は、私たちにとって既に過去として埋没しているあの忌まわしい「コソボ大虐殺」と「コソボ空爆」を思い出させる記事を掲載している。
タイトルは『コソボ大虐殺の村 セルビアへの怨念強く 極度の貧困…あえぐ住民』だ。
『コソボがセルビアから独立を宣言して1週間余り。1998〜99年のコソボ紛争時に、セルビア共和国主導の新ユーゴスラビアの軍がコソボのアルバニア系住民を大虐殺した村を訪ねた。現地には、今回の独立の底流にあるセルビアへの怨念(おんねん)がなお渦巻き、住民は極度の貧困にあえいでいた。(コソボ中部プレカズ 黒沢潤)
コソボ最大の都市プリシュティナから車で北西に約1時間半。大虐殺の舞台となったプレカズに向かう道沿いには、無数の墓標と、粗末ながら新築の家屋ばかりが立ち並ぶ、異様な光景が続く。「新ユーゴ軍が片っ端から人々を殺戮し、戦車で家をつぶした結果さ」とタクシー運転手(36)が教えてくれた。
プレカズには、新ユーゴ軍と戦ったコソボ解放軍(KLA)の指導者、アデム・ヤシャリ氏の実家がある。新ユーゴ軍は付近の丘陵を基地とし、98年3月に氏の一族56人を惨殺し、“コソボ掃討”ののろしを上げた。
屋根裏に隠れて生き延びた親族で商店主のタヘル・ヤシャリさん(46)は「多数の戦車が午前6時、自宅前のセルビア軍基地からうなりを上げて発進、村を3重に包囲した」と振り返る。
タヘルさんが驚いたのは、丘から下りてきた兵士たちの風体だ。太い腕には入れ墨が彫られ、頭はスキンヘッドだった。「さあ、何でもいいから自由に撃ちたまえ」。紛争後にタヘルさんが目にした文書によれば、軍は血に飢えた受刑者らを使って虐殺を行っていた。
慕っていた11歳年上の兄は、カラシニコフ銃から放たれた銃弾に左胸を貫かれて、即死した。
「兄は出稼ぎ先のドイツから、新年を祝うため帰省していた。7歳のころ、兄が別の出稼ぎ先スロベニアから、赤子でも抱えるように新品のサッカーボールを持ってきてくれたのを忘れない…」
紛争全体で殺害されたアルバニア系住民は約1万人、避難民は約100万人に上る。村の戦後復興も一向に進まず、生活は今も悲惨の極みだ。
取材中、ひとりの少年がタヘルさんの店にやってきて、生卵10個を買おうとした。少年はもじもじした後で、「払うおカネがないんだ」と、恥ずかしそうに打ち明けた。
「あの子も紛争で父を亡くし、片親で生活するカネもない」。タヘルさんは記者にこう説明すると、少年をなぐさめ、ツケ払いノートにその名前と卵の数を書き留めた。
ノートには、未払い者と品名がビッシリ書きこまれており、紛争時から返金できていない人々の名前も連ねてあった。
明日、生きているかどうか分からない最底辺の人々に、56人の親族を失った人が手を差し伸べる−。紛争終結から約10年がたち、新国家が樹立されても、コソボには悲惨な光景が広がっている。』(28日産経新聞)(続く)
2008年02月28日
セルビア・コソボ 再び内戦か 20
【2月28日政治ニュース】 ソビエト連邦解体により、旧ユーゴスラビアはコソボの独立で7つの国になった。コソボは10年前の民族紛争で悲惨、辛苦の極みを味わい、実に18年を経て2月17日独立を宣言した。
ヨーロッパ全土がEU加盟国入りを実現していく過程で、コソボの独立は一見して歴史的成り行きの説得力を持っているように今日マスコミ報道がなされている。
そこで、今後の[政治ニュース]は、報道の追従、事件、事件の歴史伝達だけではないコソボ独立問題を伝える意義を明確にして、検証、考察の、本来のタイトルにある[格物致知]の意義を伝える内容を付け加えていくことにする。コソボ独立の歴史的意義をより正確に認識する為に、何が始まろうとして、何が書き換えられていくのかを論じることが必要である。
先ず、[政治ニュース]がコソボ問題を取り上げた第1稿は2007年12月11日、タイトル「セルビア・コソボ 再び内戦か=正義の戦争の結果」である。重複するが、コソボ独立を検証する必要性を伝えたマグマ溜りといえる、その冒頭を紹介する。
『【12月11日政治ニュース】 1999年3月24日、米軍主導のNATO軍が「アルバニア系住民への民族浄化を阻止する」との名目で、セルビア・コソボの空爆を開始した。当時のクリントン米大統領は、コソボ爆撃は「人道的介入」、「平和の大義を推し進めている」と主張、世界のメディアもそれを疑わず全面的に支援広報を始めた。米国の主張を世界が鵜呑みするための論陣を張ったのが、大江健三郎氏と往復書簡で論じ合った「正義の戦争」を主張した亡きスーザン・ソンタグ氏である。
コソボ空爆から米国の「正義の戦争」物語が世界を闊歩し始める。そして、米国と同盟、友好国は、「破壊」からもたらされる国益とやらの分捕り合戦に便乗することが、世界の人道、平和貢献に寄与するとの置き換えられた認識を正当化することになった。
そして、コソボは国連安全保障理事会の預かりになり、コソボ空爆問題は、一気にマスコミから消え去ることになった。
私たちは、コソボ問題について、国連安全保障理事会の預かりとなり、政治的打開策が上手く行っていたものとばかり考えて、完全に忘れてしまっていた。
ところが、空爆から8年も経つというのに、再び武力衝突があるかもしれないということが12月9日 の東京新聞で報じられていた。』
9日東京新聞が伝えた内容のなかに、今セルビアで起こっている独立反対の根本要因と考えられる重要な文言がある。
『セルビアのコシュトニツァ首相は国連報告に先立つ声明で「コソボが独立宣言すれば、北大西洋条約機構(NATO)がセルビアを空爆したのは、かいらい国家をつくるためだと明白になるだろう」とコソボの動きや独立を容認する米国、EU諸国をけん制。八日には「交渉こそ民主的な解決への本質だ」として、交渉再開をコソボに呼びかけた。』(9日東京新聞)
セルビアは、1999年3月24日、米軍主導のNATO軍による「セルビア・コソボ空爆」の狙いは、米国のお得意とする「かいらい国家」をつくることだったと主張していることだ。
私たちがこの主張を念頭におけば、21日の政府主催で行われた15万人規模のコソボ独立反対の抗議デモで、一部のデモ隊が米大使館を襲撃したその理由が頷けるというものだろう。(続く)
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2008年02月27日
セルビア・コソボ 再び内戦か 19

【写真】ロシアのメドベージェフ第1副首相(右)とセルビアのタディッチ大統領
【2月27日政治ニュース】 ロシアは天然資源権益で真っ向から欧州連合との対立軸を鮮明に打ち出してきた。米英両国によるヨーロッパ支配に待ったを掛けた政策を矢継ぎ早に出してきている。その最たるものがロシア産天然ガスパイプライン計画である。
25日セルビアのパイプライン計画合意発表と26日CNN通信は報じた。
『ロシアとセルビアがパイプライン建設契約、関係強化=モスクワ(AP) ロシアは25日、セルビアに天然ガスを供給するパイプラインの建設契約に調印した。契約総額は15億ドル。コソボ独立に以前から反対している両国が、欧米各国からの圧力が高まるなかで関係強化を図る動きとみられている。
契約調印はロシアのプーチン大統領の後継者、メドベージェフ第1副首相によるセルビア訪問の主要目的だった。同副首相は契約について、「今後の欧州向けエネルギー供給を安定させる基礎」になると語った。
メドベージェフ第1副首相はまた、セルビアの首都ベオグラード近郊の製油所を視察し、近くセルビアの国営石油会社NISの買収契約を結ぶ意向を表明した。ロシアは買収額として6億ドルを提示したうえ、設備改善費として7億3000万ドルを上乗せするとしているが、安すぎるとの批判もある。
このほか、メドベージェフ第1副首相は、セルビアのタディッチ大統領やコシュトニツァ首相と会談し、コソボ独立後の混乱について意見を交換した。同副首相はベオグラード市内で、コソボの独立宣言が国際法違反だとして、セルビアと協調対応を取る意向を表明。セルビアのタディッチ大統領はロシアの支持に感謝を示し、コシュトニツァ首相も引き続きロシアとの政策協調を図ると述べた。』(26日CNN通信)
同日、日経新聞は、ハンガリー政府はパイプライン計画に参加を表明したと報じている。
『ロシア主導のパイプライン、ハンガリーも参加・EU案に巻き返し=ハンガリーは25日、ロシア産天然ガスを西欧に輸出する計画への参加を表明した。ロシアはブルガリア、セルビアに続き、パイプラインが通過する国から相次いで参加の同意を取り付けた。欧州連合(EU)が主導するロシアを経由しないパイプライン計画に対し、着工で先行し、優位に立ちたい考えだ。
ジュルチャーニ首相は25日夜、3月のロシア大統領選で当選が確実視されるメドベージェフ第一副首相と会談後、「28日にモスクワを訪れ、パイプライン建設の合意文書に署名する」と述べた。両国による折半出資の合弁会社を設立、2012―13年の稼働を目指す。
「サウスストリーム」と呼ばれる新パイプラインはロシア産ガスを黒海経由でバルカン諸国やイタリアなどに運ぶ。国営ガス会社、ガスプロムの会長を兼任するメドベージェフ氏はセルビアからも計画への参加の同意を取り付けた。南北ルートのうち北ルートでは6カ国中、4カ国から公式同意を得た。』(26日日経新聞=ウィーン=桜庭薫)
既に1月19日日経新聞は、ブルガリアとの合意も伝えていた。
『天然ガス輸送パイプライン、ブルガリアが参加・ロ伊合弁=【モスクワ=古川英治】ロシアとブルガリアは18日、黒海経由で欧州まで天然ガスを運ぶパイプラインの建設プロジェクトに、ブルガリアも協力することで合意した。プーチン・ロシア大統領がブルガリアを訪問し、先にイタリアとの間で合意した同事業へのブルガリアの参加を取り付けた。欧州連合(EU)と米国が後押しするロシア迂回(うかい)ルートの構築に対抗し、欧州各国の個別取り込みを加速している。
同パイプラインはロシアの独占天然ガス会社ガスプロムとイタリアの石油大手ENIが昨年11月に建設で合意したもので、通過国となるブルガリアの参加がカギとなっていた。ロシア側はブルガリアに事業権益の50%を渡し、原子力発電所の建設でも協力する。プーチン大統領には3月の大統領選に出馬表明したメドベージェフ第一副首相も同行した。』(1月19日日経新聞)
2008年02月26日
パキスタン大統領選 43

【写真】パキスタン北部ラワルピンディで自爆テロ=AP
【2月26日政治ニュース】 パキスタン総選挙で野党圧勝の背景を受けて連立政権が誕生する。追い詰められたムシャラフ大統領は辞任をほのめかしたと伝えられている。
25日時事通信は辞任説を伝える英日曜紙サンデー・テレグラフの記事を紹介している。
『パキスタン大統領が辞任検討か=英紙=24日付の英日曜紙サンデー・テレグラフは、パキスタンのムシャラフ大統領が辞任を検討していると報じた。18日の総選挙で勝利した野党勢力が連立内閣樹立で合意したのを受け、大統領は選択肢が尽きたと考えているという。
同紙によると、ムシャラフ大統領の側近は、大統領は野党との権力闘争を望んでいないと指摘。また、友人の1人は「彼は既に出口戦略の検討に着手した。数カ月ではなく数日の問題だと思う」と述べた。』(ロンドン24日時事)
ムシャラフ政権の「テロとの戦い」は、野党連立政権で大きく方針転換される可能性はあるとも言われているが、反政府武装集団、タリバンなどの自爆攻撃は一向に跡を絶たない。特に最近は軍への攻撃が目立っているとも伝えられている。26日朝日新聞は25日の軍幹部への攻撃があったことを伝えている。
『軍幹部の車に自爆テロ、中将ら8人死亡 パキスタン=パキスタン北部ラワルピンディで25日、軍幹部の乗用車に爆発物を身につけた若い男が近づいて自爆し、内務省報道官は、陸軍医療部隊の責任者の中将を含む8人が死亡したと明らかにした。軍のイスラム過激派掃討作戦に対する報復とみられる。
首都近郊のラワルピンディには陸軍総司令部があり、軍人を狙った自爆テロが相次ぐ。年末にはブット元首相の暗殺事件も起きた。』(26日朝日新聞)
パキスタンにおける反政府武装集団、タリバンなどの政府攻撃は、ブッシュ政権がパキスタンを足がかりに「テロとの戦い」を展開したその矢先から年々増え続けている。
1月6日日経新聞は、パキスタンの独立系シンクタンク「パキスタン平和研究所」が自爆攻撃などで亡くなった死者数を発表している内容を伝えている。
『テロや戦闘の死者3400人・パキスタンの07年=ブット元首相暗殺後の暴動による治安悪化を理由に総選挙が2月に延期されたパキスタンで、イスラム過激派のテロや戦闘による昨年の死者が3448人に上ったことが分かった。同国の独立系シンクタンク「パキスタン平和研究所」が6日までに、政府発表や主要メディアの報道を基にまとめた。このうち一般市民の犠牲は1974人という。
昨年の死者数は2006年に比べ約1.3倍で、05年比では約4.9倍と増加。同研究所は「ブット氏暗殺のほか、軍への攻撃や兵士の拉致が相次いでいる。テロとの戦いの成果は疑問視される」と指摘しており、イスラム圏唯一の核保有国の深刻な治安状況が浮き彫りになった。
同研究所によると、テロリストの軍などへの攻撃は1306回で、隣国アフガニスタンのイスラム原理主義組織タリバンの政策に共鳴する武装勢力による犯行が大半を占める。』(イスラマバード6日共同=6日日経新聞)
2008年02月25日
セルビア・コソボ 再び内戦か 18

【写真】ドミトリー・メドベージェフ第1副首相
【2月25日政治ニュース】 25日産経新聞はロシアの次期大統領候補のメドベージェフ第1副首相が25日にセルビア入りすることを報じている。
『セルビアへロシア第1副首相訪問 コソボと対立拍車か=ロシアのプーチン大統領の後継者であるメドベージェフ第1副首相が25日、セルビアの首都ベオグラードを訪問する。セルビアの後ろ盾となるロシアの大物がセルビア入りすることで、コソボとセルビアの対立に一段と拍車がかかることが予想される。
セルビアのサマルジッチ・コソボ担当相は23日、「米国が(コソボが独立した)17日以降に起きた(米大使館襲撃事件などの)暴力行為の原因を作った」と強調した。セルビア国内では今、コソボを承認した欧米への非難が強まりつつある。
セルビア全土からは、コソボ独立に反対する国民が抗議のため、コソボとの「国境」に向かって続々と南下を始めている。検問所でコソボ国際治安部隊(KFOR)に押し戻されているが、抗議行動がやむ気配はない。
一方、コソボ入りした欧州連合(EU)のフェイス新コソボ特別代表は23日、EUの文民支援隊を近く派遣するのに合わせ、コソボ北部のEU事務所の職員をすでに撤退させたことを明らかにした。直前まで駐在させる予定だったが、治安悪化が進行しているため、撤退時期を前倒しした。』(プリシュティナ(コソボ)=黒沢潤=25日産経新聞)
メドベージェフ第1副首相とセルビア首脳陣との会談は、既に方針が打ち出されている欧州連合(EU)に対する対抗処置の具体的実施に向けた最終調整が目的だと考えられる。
24日日経新聞は、公表されたロシアの対抗措置の内容を伝えている。
『コソボ独立宣言、ロシアが対抗措置・国連やIMF加盟を阻止=セルビアからのコソボ独立に反対するロシアがコソボの国際機関への加盟阻止などを柱とする対抗策をまとめた。米国や欧州連合(EU)の主要国に独立承認が広がる中、民族対立などを抱えてコソボ独立の影響を警戒する国・地域の同調を促し、独立反対の対抗軸を構築。コソボ問題を米欧に揺さぶりをかける外交カードに利用していくとみられる。
対抗案の内容はロシア大統領府筋が23日までに日本経済新聞に明らかにした。国連安全保障理事会の常任理事国の立場を利用し、コソボの国連加盟に拒否権を発動。国連以外の「あらゆる国際組織へのコソボ加盟を阻止し、独立を制限する」とも言明した。具体例としてユネスコ、国際通貨基金(IMF)、国際オリンピック委員会などをあげた。』(24日日経新聞)
かつての軍事制裁による歴史的汚点を繰返さないことの前提は、セルビア、ロシアはもとより欧州連合(EU)は十分に理解している。従って、現段階では、双方ともに軍事介入はありえないと判断できる。しかし、ロシアは米国、欧州連合(EU)の介入の仕方如何では軍事行動も辞さないと牽制している。ロシアは10年前の屈辱を晴らす為の戦う準備は既に終えている。
大国ロシアの威信復活にかけてコソボ独立問題は譲れないのだ。
2008年02月24日
防衛省・自衛隊の非常識

【写真】涙ながらに直訴する親族(左奥の女性)に、頭を下げる石破茂防衛相(手前)=21日午後4時半、千葉県勝浦市(撮影・矢島康弘)
【2月24日政治ニュース】 イージス艦と漁船の衝突原因は現時点においても解明されていない。普通の国民は、イージス艦が漁船を確認したのか、また、当直指揮官が回避行動を指示したのかに尽きると考えるが、自衛隊はそう簡単な問題ではなさそうだ。原因究明は簡単明瞭に行われないとしても、複雑怪奇な事件ではないことは明らかだ。
国民に対して行政判断が明瞭に提示されなく不透明性による不信感とわだかまりしか与えない結果になっているかというと。常に当事者不在でことが検証が進められるからに他ならない。
今回の事件にしても、当事者発言が検証の土台に載って発表が皆無の状態としか理解できない政府答弁、石破防衛相説明に終始している。それも、答弁内容は何時間前の自衛隊つじつま合わせ見解を発表している。石破防衛相が苦虫潰し神妙顔したりをいくら演じても、もうその手のパフォーマンスは願い下げとしか私たちは思わなくなっている。
ズバリ言ってしまおう。防衛省・自衛隊は、イージス艦の危険回避義務を棚に上げて、自己責任回避に終始、現場当事者から石破防衛相の責任回避までのストーリーを練り上げるかに掛っきりになっている。
米国との集団的自衛権をいかに可能な現実にするかのために莫大な税金を投入、さらに防衛省・自衛隊の自己保身に私たちの税金を注いでいるのが日本政府の実態である。
国会で二言目には「国民のため、主権在民」を吹聴するが、現実は米国の為、延いては日本の国益とお題目を並べて、ひたすら組織と自己の保身しか考えていない。行政機構は全て自己保身の塊、これに尽きる。国を治める、守るの御上意識は常に国民を差別している。
海域も道路も御上の判断ですべてまかり通るという非常識が常識化している。
御上の驕りは決定的証拠としてやはり事件化するものだ。紛れもなく、そこ退けそこ退け御上が通るを地で行く事件がイージス艦衝突事件の2日後の21日に起こっている。
22日産経スポーツはその模様を報じている。
『イージス艦に続き石破防衛相も“衝突事故”地元へ謝罪訪問中=涙ながらに直訴する親族(左奥の女性)に、頭を下げる石破茂防衛相(手前)=21日午後4時半、千葉県勝浦市(撮影・矢島康弘)
イージス艦衝突事故で、石破茂防衛相(51)は21日、行方不明父子の地元、千葉県勝浦市を事故後初めて訪問した。親族や漁協関係者に直接謝罪するためだが、その直前に“新たな”衝突事故が。石破氏が乗った公用車が同市内の交差点で右折の際、軽乗用車と衝突したのだ。けが人はいなかったが、悪いことは重なるのか…。謝罪訪問では親族から「2人を生きて帰して!」との悲痛な叫びが出た。
◇事故の連鎖か? 引責辞任論も取りざたされる石破氏が、くしくも謝罪行脚の途中に“事故”にあってしまうとは…。
石破氏は21日午後、イージス艦衝突事故の謝罪で千葉県勝浦市の新勝浦市漁協へ。だが途中の午後3時35分ごろ、同市の国道交差点で乗っていた公用車が右折の際、対向車線を直進してきた主婦(30)運転の軽乗用車と衝突してしまった。
双方の車両の前部が破損。公用車には計4人が乗り、海上自衛隊館山航空基地の自衛官(30)が運転、石破氏は後部左側にいた。軽乗用車の後部座席には幼児1人もいたが、ともにけが人はいなかった。石破氏は別の車両に乗り換え、現場から約1キロの漁協へ。漁協近くでは大勢の地元住民と報道陣が待ち構え、騒然とした雰囲気に包まれた。』(22日産経スポーツ)
『国道交差点で乗っていた公用車が右折の際、対向車線を直進してきた主婦(30)運転の軽乗用車と衝突してしまった。』
この記事の一文で「防衛省・自衛隊の非常識」が語り尽されている。今回のイージス艦衝突事件も然りだ。常識とは、直進車両が優先で右折車両は一旦停止なのだ。国民が停止、回避するだろうという全職員の思い込み、驕りの常識化が事故を誘発している、その非常識さに尽きる。
2008年02月23日
パキスタン大統領選 42
【写真】21日、イスラマバードで会談後、握手するシャリフ元首相(右)とザルダリ氏(AP=共同)【2月23日政治ニュース】21日夜、第1党のパキスタン人民党ザルダリ共同総裁は第2党イスラム教徒連盟シャリフ派のシャリフ元首相と予定通り会談、両野党は連立内閣をつくることで合意したと22日中日新聞は伝えている。
ザルダリ氏は「国民総意に基づいた政府にする」と述べ、また、シャリフ元首相は第1党の人民党の権利を最大限尊重するとして、暗に人民党からの首相選出を認めた結果が合意を見出したものと推測される。つまり、補欠選挙に立候補する可能性を示唆するザルダリ氏の首相就任もありうるという展開だ。問題は人民党ファヒム副総裁との仲がしっくりいっていないと囁かれていることもあり先行き不透明な政権構想も考えられる。
合意の最大の要因は、「大統領の即時辞任」、「非常事態宣言で解任された最高裁長官らの復職」問題について合意をみたことが挙げられている。
『2野党が連立合意 ムシャラフ氏、進退の危機=パキスタン総選挙で下院第1党となった野党パキスタン人民党は21日夜(日本時間22日未明)、第2党の野党パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派と連立内閣を組むことで合意した。ムシャラフ大統領の与党とは連携を拒否、ムシャラフ氏が進退を迫られる可能性が極めて強まった。
人民党のザルダリ共同総裁とシャリフ派を率いるシャリフ元首相は首都イスラマバードで同日夜に会談。終了後の共同記者会見でザルダリ氏は「民主主義の未来は私たちの手中にある。パキスタンのために共に働く」と述べ、連立合意を発表した。
議員から選出される首相についてシャリフ氏は「人民党の権限を尊重する」と述べ、人民党内から選ぶことに合意。両氏とも下院選に出馬しておらず資格がないため、ファヒム人民党副総裁らの名が候補に挙がっている。ただ、ザルダリ氏は補選への出馬を否定せず、自らの首相就任の可能性に含みを残した。』(イスラマバード22日共同=22日中日新聞)
2008年02月22日
セルビア・コソボ 再び内戦か 17
【写真】覆面グループに放火された米大使館正面【2月22日政治ニュース】 独立宣言を発表したコソボは、過去の忌まわしい歴史を踏まえて民族紛争に発展しない最大の配慮を実施すると謳っている。また、セルビアも同じ配慮の下に、反対するが武力行使による抗議は全面的に行わないと発表して、もっぱら国連安保理での協議を模索している。
セルビア市民にとってコソボ独立に反対する根源的な理由は、単なる民族紛争だけによらない、米国に対する徹底的嫌米感情が渦巻いてのものだといわれている。いわゆるコソボ独立運動は米国の諜報機関の画策だと語られていることだ。それを、世界は「民族浄化作戦」に空爆を「正義の戦争」と位置付けて、NATO軍は集団的自衛権を行使したのだ。
徹底的嫌米感情は21日セルビア政府主催の抗議デモで、一部は米国大使館襲撃デモと化したその模様を22日CNN通信は報じている。
『コソボ独立に抗議のデモ隊、ベオグラードの米大使館を襲撃=(CNN) セルビアの首都ベオグラードで21日、コソボ自治州の独立宣言に抗議する大規模なデモが起き、一部が暴徒化して米大使館を襲撃した。大使館の報道担当者によると、敷地内からデモ参加者とみられる1人の焼死体が発見された。
大使館では覆面グループが投石、放火などの行為に及んだ。当時すでに大使館は閉鎖され、職員は退去していた。敷地内に残っていた米海兵隊員も、全員無事が確認されたという。
セルビアのテレビは、大使館で何者かが星条旗に火をつけようとした場面を伝えている。現場では機動隊が催涙ガスで鎮圧を図り、周辺道路には装甲車が出動した。地元メディアは警察の話として、警官14人を含む32人が負傷したと報じた。米大使館に隣接するクロアチア大使館も襲撃を受け、市内の別の地区にあるトルコ、英国の大使館前の警察施設にも暴徒が押し寄せたが、鎮圧されたという。
ベオグラードでは同日、市民ら約15万人が、「コソボはセルビアだ」とのスローガンを掲げて抗議集会などを開いた。AP通信によると、この日はデモ参加者に列車への乗車が無料で提供され、全国の学校も一斉に閉鎖された。
コソボとの境界付近でも同日、独立に反対するセルビア軍予備兵らが、警察、北大西洋条約機構(NATO)部隊と衝突した。
米国は18日、コソボの独立宣言をいち早く承認。欧州では英国、フランス、ドイツに続き、21日にはイタリアが新たに承認を表明した。』
2008年02月21日
パキスタン大統領選 41
【写真】2月19日、パキスタン総選挙、野党が圧勝。写真は第1党となった野党・パキスタン人民党(PPP)の共同総裁を務めるアシフ・アリ・ザルダリ氏。PPP提供(2008年 ロイター)【2月21日政治ニュース】第3党になったムシャラフ大統領にとって一番望ましい政権構想は、野党パキスタン人民党(PPP)と連立を組むことである。これは総選挙実施の水面下での米、英国のシナリオでもあった訳だ。ムシャラフ陣営にとっては、暗殺されたブット元首相との確約された首相の地位を彼女の夫が代役することでもよい訳だ。
選挙前からの反武装勢力による自爆攻撃や銃撃戦で約5百人が死傷したといわれる多大な犠牲を払ったが、結果はシナリオ的に収まり、米国が期待している「テロとの戦い」は継承される可能性もある。
しかし、今回の野党圧勝の選挙結果から読み取れることは、米国流ムシャラフ政権に対する根強い不信感、反発が表面化した。また、「テロとの戦い」に対する素朴な疑問と米国流に対する不信感が増幅した結果だと理解できる。
さらに、シナリオ通りにいかないと思わせるのは、軍のトップ幹部たちの「テロとの戦い」に対する違和感が出始めているため、ムシャラフ大統領と距離をもち始めたと伝えられていることだ。
何れにせよ、「パキスタン人民党(PPP)」と「イスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派」、そして与党「イスラム教徒連盟クアイディアザム派」の三竦みの行方が今後のパキスタン社会を大きく変貌させる。
21日西日本新聞は連立協議の可能性を伝えている。
『パキスタン 与党、人民党に連立要請 米紙報道ムシャラフ氏、辞任否定=総選挙でムシャラフ大統領の与党が惨敗したパキスタンで、大統領側近の軍高官らは20日、第一党となった野党パキスタン人民党(PPP)のザルダリ共同総裁と首都イスラマバードで会談し、与党との連立を求めるムシャラフ氏の意向を伝えた。政府関係者が明らかにした。
人民党の獲得議席は単独過半数に達しておらず、ザルダリ氏は第2党となったシャリフ元首相率いる野党パキスタン・イスラム教徒連盟シャリフ派と連立する方針。軍高官らは会談で、ザルダリ氏にシャリフ派と連携しないよう求め、与党の同連盟クアイディアザム派との連立を要請したという。人民党は会談の事実を否定している。
シャリフ氏はムシャラフ政権批判の急先鋒(せんぽう)で、2野党連立が成立すればムシャラフ氏は退陣に追い込まれる恐れがある。
一方、20日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルによると、ムシャラフ氏は同紙に「安定した民主政権樹立のために前に進まなければならない」と述べ、辞任しない考えを表明。「大統領と首相の衝突は避けたい」として、人民党など野党から選出されるとみられる首相に協力を求める考えを示した。
ザルダリ氏は21日にシャリフ氏と連立協議を行う予定で、ムシャラフ氏側は協議前に再考を求めるよう説得を図ったとみられる。』(イスラマバード20日共同 21日西日本新聞)
2008年02月20日
パキスタン大統領選 40

【2月20日政治ニュース】 パキスタン総選挙は予想通りの結果に収束した。戒厳令に始まりブット元首相暗殺に終わった総選挙は野党の圧勝になり、ムシャラフ政権率いる「イスラム教徒連盟クアイディアザム派」(PMLQ)は野党に転落、少数派との連携で多数を目指すと伝えられている。野党勝利での最大の注目は、野党「イスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派」(PMLN)と第1党になった「パキスタン人民党(PPP)」が連立を組むかに向けられている。
19日ロイター通信は総選挙の結果を報じている。
『パキスタン総選挙、野党が圧勝=18日に実施されたパキスタン下院(定数342)総選挙は、野党が圧勝した。19日の暫定開票集計結果によると、昨年12月に暗殺されたブット元首相が率いた野党・パキスタン人民党(PPP)が同情票も手伝って第1党となった。
ただ、単独で過半数は獲得しておらず、連立を組む必要がある。
一方、与党でムシャラフ大統領支持派のパキスタン・イスラム教徒連盟(PML)はこの時点で第3党に転落。同党の広報担当者はロイターに対し「有権者はわれわれの政策を拒否した。われわれはその意思表示を受け入れる。国家の最大の利益のため、われわれはどの党とも協力する意向だ」と述べ、連立に前向きな姿勢を見せた。
現地時間午後6時(日本時間午後10時)時点の開票結果によると、PPPが86席、シャリフ元首相率いる野党・イスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派が65席を獲得。PMLは37議席に留まっている。
一部の議席は選挙対象外。70議席は女性と宗教的少数派の枠となっている。
シャリフ元首相は、ムシャラフ大統領に対し、国民の支持を失ったことを認めるよう呼びかけ、「国民が何を求めているかが今日、示された」と語った。
元首相はまた、ブット元首相の夫でPPPの共同総裁を務めるアシフ・アリ・ザルダリ氏と21日に会談する計画を明らかにした。「あらゆる民主的勢力と協力することを楽しみにしている」と述べた。
一部のアナリストはPPPとイスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派との連立の可能性を疑問視している。
ムシャラフ大統領は投票結果を受け入れ、民主国家構築のために勝利したどの党とも協力すると述べた。
選挙監視グループによると投票率は35%。』(イスラマバード19日ロイター)
投票率35%は、伝えられた選挙運動の激しさ、華々しさから想像して、パキスタン社会の暗部を如実に反映している。