北朝鮮 ミサイル発射恐れるに至らぬ
北朝鮮ミサイル発射の政治ニュースから10日余りが経過した。北朝鮮の意図、ミサイル技術、戦略的能力がやや解明されその全貌が明らかになってくると同時に、日本人の民族性、特に明治近代からの民族性、脱亜入欧政策、アジア蔑視政策が脈々と続いていることに驚かされる。国連安保理への拙速、強硬な制裁決議案を日米同盟共同制裁決議のかたちで迫っていく外交手法は、相も変らぬ従属外交を際立たせたに過ぎない。結果的に国際的非力さを露呈した。金を出している用心棒には仕事をしてもらわなければ損である。愛人に金を貢いでいるからその金の代償をせまるという損得勘定で外交を展開する安倍、麻生、額賀各氏の外交能力には呆れてしまう。このような判断は一般庶民が一瞬よく思いつくことであり実行することだ。本当に真剣に日本の国土と国民の安全を考えているのであれば、特に近隣アジア国から笑いものになるような拙速、短絡的、品行に欠ける、何かといえば文化、伝統を口にする国柄の取る外交手段ではない。さらに厭きれるのは、安保理修正案の採決に対して、バーゲニングに成功したといって互いの恥の嘗めあいで幕引きしている様である。いつまでも米国の手のうち外交でしかないことを思い知らされた結果を、未明の大騒ぎをしたマスコミ、国民はどのように判断するのか。以前からそうであるように、現在も主権国家としての体、国民としての民族性を成していないのではないか。永遠に属国日本だと言われ続けても致し方ない。
日本の脅威を優先しているのは、敵地攻撃、先制攻撃をも辞さないという虚勢反応で裏付けられているが、そもそも専守防衛論としてもこの論は破綻している、さらに「新世紀の日米同盟」にあっては単独敵地攻撃など有り得るはずがない。もし仮定すれば、その時は歴史の繰り返しで米軍から攻撃されることを覚悟しなければならない。現実的に考えて今日そのような判断はどこを突いても出てこない話である(しかし、日本の軍事、平和研究家は真剣に攻撃される可能性について言及している)。
本題の北朝鮮のミサイル発射を恐れぬに至らぬ理由について述べる。先ず、「米軍は北朝鮮を攻撃しない」というのが現実の帰結である。理由は極めて簡単、これは、ブッシュ政権以前のクリントン政権の時もそうであった。深層は、北朝鮮に軍事攻撃をした場合の国益と損害、費用便益分析の範疇を超えてしまう現実が横たわっている。今回の発射ミサイルで正確さを誇ったスカッドCは韓国ソウル、ノドンは沖縄を標的にしている。所謂「在韓米軍」と「在日米軍」を標的に出来る。問題は38度線からソウルはいかにも近距離過ぎるという地理的戦略不可能な条件にある。これはクリントン、ブッシュ両大統領が現実にヘリコプターで上空視察しての最終判断である。ここで日本人は在韓米軍について少し考えてみる必要がある。朝鮮半島分断の歴史的背景から韓国民と米軍の関係は、日本におけるそれとは比較できない歴史的契りがある。また、自国防衛から米軍との一体はこれからの「在日米軍再編」を彷彿とさせる蜜月時代を経験している。
所謂、韓国に米軍は根ざしている状態にあるという現実は既に半世紀の経緯は伊達に推移していないということだ。現在、在韓米軍の兵力は約3万5千人といわれている。家族を合わせれば相当数の人数になる。従って、今回のスカッドミサイルの攻撃を受ければ必ずかなりの死傷者を出すことは火を見るよりも明白なことである。
以前、金正日総書記は朝鮮半島を「火の海にしてやる」と豪語したことがあったように、そのミサイル数は500基ともいわれ、狂った野望はとんでもない結末を披露しないとも限らない。従って、米軍はその為の敵基地ピンポイント攻撃による壊滅作戦を虎視眈々と狙っているのだが、上述したように、国境からソウルは近すぎるのである。発射された場合は確実にミサイル何発かは着弾する。従って、被害を避けることが出来ない戦略環境での戦いを宿命づけられている。
現在、米軍はさらなる泥沼化したイラク戦争で2千5百人以上、さらにアフガニスタで戦死者を出している。その為にブッシュ政権への批判が集中して政権最低の支持率に落ち込んでいる。その為の回復パフォーマンスは、拉致問題への共感、小泉首相とのプレスリー墓参り等の並々ならぬ努力を繰り広げている。この状況においてイラク以外で多数の死傷者を出すということは、論外中の論外なのである。
ブッシュ政権は疎か共和党自体の出番がなくなる事態に発展しかねない最悪のシナリオを選ぶことは絶対的に無いということだ。
然らば日本は何も「恐れるに至らぬ」ということだ。
敢えて一言補足すれば、現在においても、ブッシュ政権は過去のクリントン政権の北朝鮮との「米朝枠組み合意」の失敗を詰ることがあっても、一期目のアーミテージ氏の主張した対話促進戦略が政権内でなお生きていることが挙げられる。
最後に、今回の北ミサイル発射問題の結論として言えることは、盲従小泉外交のお陰で、「新世紀の日米同盟」の威力をすぐさま誇示したかった安部官房長官の自信は、完全に虚勢でしかなかったということだ。日本の強行主張があっさり削除されているイギリス、フランス調停案が全員賛成の採決に至ったことから、如何に米国の心変わりが計算付くのものであり、空虚なものであったかということだ。単に熱々の愛人関係を演じさせられているかを理解しないで、ポスト小泉の存在感を強調するめでたさには、次期総理の資質が完全に欠落しているとしか言いようがない。北ミサイル発射を受けて、強硬制裁さらに敵基地攻撃論など、ポスト総理の足固めに利する魂胆は盗人猛々しいとの謗りを受けてもやむを得ない言動である。
くれぐれも忠言したい、マスコミ諸君、外交政治記事は単なる事件記事でないことは十分承知している筈だ。謙虚な沈着冷静な対応と判断に基づいた記事掲載を心掛けるようにお願いする。また、今回マスコミ報道に便乗した平和活動市民団体の声明にはいささか興醒めさせられた。思慮をめぐらした相方向性のものでなければ「平和」の語源がイデオロギーでしかなくなる。拙速な実践は反って運動の力を削ぐ結果をもたらしかねない。
そして、今回の未明の騒ぎの根拠になった関係者に告げておきたい。政治家ならびに「家族会」とも拉致問題を政争の具にしてはならない。況して、平和を脅かす経済制裁など口走ることはもっての外である。