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2006年01月28日

政治ニュース ブッシュ大統領の令状なし盗聴

ブッシュ大統領は、令状なしの盗聴を認めたことで米議会は紛糾、市民の間でも賛否両論になっている。ゴンザレス米司法長官は、9・11事件後、議会は「すべての必要な措置の行使」を認めたことを根拠に合法だと批判の巻き返しを裏付けてみせた。現在、日米共に権力者の性格が一致していることもあってか、直ぐに開き直る傾向が顕著で、全てが短絡的、拙速に判断されることが日常茶飯事になっている。現在、「安全」を確保するための措置で全てが実施されているのが米国とそれを見習っている日本である。日本の場合は、少し弱腰的に「特措法」なるものをつくって茶を濁しているが、真似事に過ぎない。
 
お隣の中国では、米国より厳しい検閲体制の下で近代化を推し進めているが、たまたま歴史的に「自由」がない国と世界に紹介されているから、表裏一体の検閲問題は然程びっくりしないかたちで私達に受け止められている。しかし、特権的でしかない「自由」を平等の自由と標榜している米国、フランス等において、「検閲」、「盗聴」という問題がでるとこうも神経質に取り立たされるのは文化、民族性の違いかと考えさせられる。有史以来、盗人の途絶えた時代はないのと同じように、この問題は常に人類共通的なものとして認識しておいたほうが間違いない、あると解っていれば然程驚くことはない。所詮人間のつくる社会だ、人間への過信は勉めて慎むべきである。
いみじくもシェークスピアが言ってのけた、「嫉妬」につける薬はない。
 
今週、中国の検閲に関する記事を二つ読むことになった。一つは、米インターネット検索大手グーグルは中国の要請を受けて米国内での中国関連の一部検索利用制限を実施するというもので、その見返りに中国内でのサイト運営の許可を得たという記事と、もう一つは、中国、中山大学の教授が、共産党公認の機関紙に、自国の歴史教科書は「歴史を正しく伝えていない」と批判した論文(歴史学会認証)を発表、それを当局が発行停止の処分にしたというものである。
 二つともよくある話で、米国内ではビジネスとして問題なく市民に受け止められるであろうし、中国の検閲は中国人が納得するぐらい私達も理解できる範疇の出来事であると処理できる内容の記事であった。しかし、中国のいい加減さを吹聴してばかりはおれない。日本においても、忘れられた事件だが、社民党の保坂展人議員が「盗聴法」廃案の国会質疑を行っている会期中に自身が盗聴されていた事件があったが、ウニャムニャにされ、国民も殆ど関心を示さなかった。日本人も当然あるとの認識を共有しているからか。それとも根っから政治を信用していないかのどちらかであるが、しかし、何時か我が身のことと覚悟しておいたほうが良さそうである。
 
権力と災難はいつ我が身に降りかかってくるか想定を超える。