原爆投下「しょうがない」発言、懲りない久間防衛相(1)

【写真】爆心直下で廃墟と化した広島県産業奨励館。世界の人々からの浄財によって永久保存工事が行われた。そして、「原爆ドーム」と呼ばれるようになった。(撮影 米軍)
6月30日の政治ニュース:『久間章生防衛相は30日、千葉県柏市の麗沢大で講演し、先の大戦での米国の原爆投下について「長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないなと思っている。それに対して米国を恨むつもりはない」、「日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島と長崎に落とし、終戦になった。幸い北海道が占領されずに済んだが、間違うと北海道がソ連に取られてしまった」、また「勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るということも頭に入れながら考えなければいけない」と述べた。』(共同通信社)
久間防衛相発言について言及する。

久間防衛相については、国会内においても切れ者としてつとに知られている(安倍晋三総裁誕生の状況で津島派内の額賀福志郎氏出馬についていち早く否定、封じ込め戦法で功を奏しての防衛相の位置を得た)。剣道六段、将棋六段、囲碁五段に東京大学法学部出身とくればその凄さは計り知れるというものだ。しかし、最近、言動にどうも意味不明、根拠不明、認識不明、展望不明と一見無表情な顔から迷走発言が他の議員を差し置いて際立っている。好きな日本酒の飲み過ぎか、それとも栄華を極めてのどちらかだろう、それ程お歳を召してはいないが。
先ず、「しょうがない」発言であるが、この言葉自体、現在の一般国民の重宝な無責任言葉であり、常に国民に対して責任を問われる閣僚の使う言葉ではない。今回のような公的状況であればなおさらのことである。原爆を落とされての終戦をこの発言でひとくくりに論じ検証してしまう発想と経験が、戦後レジームからの脱却という論を短絡的に言い出す土壌を作っている。戦後歴史認識をきっちりと検証することなく先進国になった弊害がもろに出た結果発言といえる。
石破茂氏いわく、久間防衛相は「平和主義者」だ。
「戦争を憎んで」、「米国を恨むつもりはない」ということだと思うが、しかし、「戦争を憎んで、米国を憎まず」という抽象論は歴史認識を無視した発言のときもある。(続く)