忘れられた国 コソボ(1)

【7月21日政治ニュース=国連安全保障理事会】 21日AFP通信は「コソボ自治州の最終地位問題で20日、ロシアによる拒否権発動の懸念から、コソボ独立を支持する欧米諸国が決議案採決を断念、この問題を米、英、仏、独、伊、露の6か国から成るコンタクト・グループに差し戻すとした。」とコソボ独立問題を報じた。
ロシアのチュルキン国連大使は以前からの、「当事者間の交渉による解決」を改めて主張。一方、米国のカリルザード国連大使は「ロシアに拒否権がない新しいプロセスを始める」と語った、といわれる。
安保理でのこの決裂により、コソボの多数派アルバニア系住民からは一方的な独立宣言を求める声が一層高まると予想される。正に1991年の「コソボ独立宣言」の状況を呈していると考えられる。
日本にとってコソボは全くといってよいほど関係のない国である。従って、忘れるのは当たり前なのだが、しかし、コソボ問題は当時の米国、英国の世界戦略を考える上で重要な課題を担っていた。
近年米国のキャッチフレーズになった「正義の戦争」という侵略戦線を正当化する言葉が吹聴されたのが「コソボ問題」である。「コソボ空爆」はジェノサイドを止める為の人道支援の武力行使「空爆」、軍事介入のあり方を正当化した米国、英国の典型になった。
スーダン・ソンタグが吹聴した「正義の戦争」は、ドイツが参戦に踏み切った要因にもなった。
ドイツは第二次世界大戦後、軍隊の維持と交戦権は憲法上認めてはいたが、連合への参戦については極めて慎重な姿勢を保ち続けていた。そして、ドイツ市民は参戦へのアレルギーを大事に主張していたわけだが、議会において脱法、超法規的手法で「コソボ空爆」に踏み切った。そして、現在その手法のもとになし崩しに続けられている。
「正義の戦争」の根拠は、最近も話題になった米国の原子爆弾投下は戦争終結を早め、結果的に死傷者を少なくしたから正当化されるという米国の主張の基盤をより正当化した考え方である。
1999年3月、「正義の戦争」はアメリカを中心とするNATO軍のユーゴ(セルビア)への空爆開始となった。(続く)