忘れられた国 コソボ(2)
1999年3月、アメリカと NATO軍によるユーゴ(セルビア)に対する空爆が開始された。空爆はセルビア全域に実施され、プリシュティナはじめコソボの各都市にも激しい空爆が行われた。中国とロシアは国連安保理で空爆の即時停止を要求したが、5月7日にはベオグラードの中国大使館も「誤爆」される。
6月に新ユーゴ連邦のミロシェビッチ大統領が、コソボからの撤退を受け入れて「降伏」したことで中止されたが、空爆によってコソボは完全に生活が分断され、10万人以上のアルバニア人が新たな難民となったといわれている。
さらに、ミロシェビッチ連邦軍によるアルバニア人への報復が激化して、現実は空爆前より多数のアルバニア人が殺害されたという。
現在実質的な国連の暫定統治下にセルビア・コソボ自治州はある。「空爆」によってもたらされた現実は、コソボ共和国政府の消滅でしかなかった。多くのセルビアとコソボの人々の血であがなって得た代償は、米国を中心とする欧州の植民地でしかなかった。そして、今日まで8年間もの歴史が経過している。その間も当初はもとより全く紛争がなかったということではない。
「空爆」以前の紛争より多くの死傷者と破壊の犠牲を払って得た当事者は、解決の糸口すら見つけることができない現状に甘んじるしかない屈辱の民族史を織り成している。
「空爆」以前からロシアが主張している「当事者間の交渉による解決」が、民族にとっての国づくりとしては、歴史的な意義を正当化しうるものであると考えるのは反って順当な判断である。
米国の「数と時間」の論理、荒治療、特効薬は激後遺症が残るものだ、しかし、戦争を早く終わらせる、死傷者を少なくできるという見えすいた論理、正義の仮面、国連という目くらましで無差別殺人政策を合いも変わらず続けているのが米国を中心とする欧州である。そして、その片棒を担いでいるのが日本だ。
安保理、コソボ独立問題視察団は、セルビア南部コソボ自治州の最終的地位について協議を急いでいるが、期限を設けないことになっている。
3月末、アハティサーリ国連事務総長特使は「コソボ独立決議案」を安保理に勧告した。米国、欧州は決議案を承認する意向だが、ロシアは反対姿勢を示している。
「コソボの独立」はいつのことになるか解らない。多分、日本はその独立の証も知ることがない状況で忘れられた国コソボということになるだろう。
しかし、忘れてはならないことがある。
日本の知識人は「空爆」を「正義の戦争」として、超法規的手法を認めて容認したのだ。