どうする 民主党 新日米同盟(17)
「対外経済協力特別委員会」での報告
『対外経済協力特別委員会は16日、アフガニスタン武装解除日本政府特別代表を務めた伊勢崎賢治・東京外語大教授から話を聞いた。伊勢崎氏は日本の政府開発援助(ODA)を活用し、アフガニスタンの軍閥・民兵の武装解除、社会復帰を推進。民主的な選挙を行える環境を整えた。同氏は「アフガニスタンの武装解除は成功し、『軍事社会』だったアフガニスタンは『民事社会』に変わった。しかし、各地域の力の均衡が崩れたため治安が不安定になっている」と、国軍や警察の力を強めることが急務であると指摘した。』
『「軍事社会」だったアフガニスタンは「民事社会」に変わった』という認識は、2001年米軍の空爆後6年間、3万人前後の有志連合軍が駐留して、明らかに米軍の傀儡政権でしかない現況で、現在内戦状態にあり、有志連合国への援軍をどこかしことなく求める状況は、どうみても「民事社会」における治安が不安定だとの認識には至らないのが正常な判断だと考える。
さらにここで問題なのが、「治安が不安定になっている」と指摘して、アフガニスタン国軍と警察力を強化する必要性を説いていることだ。
2006年11月の状況を考慮するとしても、「治安の不安定」を武力で民事的環境に整えるというのは、武力は武力の誘発を招く結果に終始している歴史認識からして「平和構築」の根源的理念に反する決断だといえる。取り敢えずの「治安の不安定」回復は、力の均衡を安定化させるための休戦調停への働きかけが一つの方法として語られなければならない。しかし、それが出来ないのは、米軍がアフガニスタンへ侵略しているからに他ならないので、撤退は米国固有の正義意識、価値基準の誤謬を認めることにならないかの自信喪失になるからだ。
兎に角、伊勢崎氏は「平和を築くためには軍事こそ直視すべき」であり、「外交努力が尽きた先の究極の手段として、武力を必要とする状況が国際紛争にはあります。」と断言する、戦争容認論者なのである。