赤いモスクからジハード(32)

【写真】カルザイ大統領
【10月10日政治ニュース】 CIAと米空軍がアフガニスタンを空爆して今月の7日でまる6年が経過する。米軍と有志連合軍が侵攻して前政権タリバンと戦闘を展開しているが、事態は反って悪化の一途をたどり、反政府武装勢力が優位に立つ地域が増えてきているのが現況である。
そこで、窮地の袋小路カルザイ政権は、いよいよ仇敵タリバン勢力との和解に乗り出したというニュースは、【政治ニュース】の「9月15日、26日=アフガニスタン政府 いよいよ前政権タリバンと交渉か」で既に報じた。
10月10日、毎日新聞は上記のニュースを裏付けるカルザイ政権の確実な政策転換の模様を特集的に報じている、その一部を掲載する。
『クローズアップ2007:米アフガン攻撃6年 窮地のカルザイ政権=タリバンとの和解模索
7月に韓国人拉致、殺害事件が起きたアフガン中部ガズニ州。タリバンと厳しく対立してきたパッタン同州知事が9月17日、カルザイ大統領に解任され、後任にはかつてイスラム原理主義の軍閥へクマティアル派に属し、タリバンにも近いファイザン・ラワン氏が任命された。
米同時多発テロからちょうど6年の9月11日、カルザイ大統領は記者会見で「タリバンとあらゆる話し合いに応じる」と呼びかけたばかりだった。パッタン前知事は韓国人拉致事件で中央政府側の交渉役を務めたが、人質解放後「タリバンが韓国政府から身代金を受け取った」と公言し、タリバンの強い反発を招いた。更迭は、タリバンとの和解を模索するカルザイ大統領の意向だ。
さらに地元警察当局者は毎日新聞に対し、今月6日、同州政府にタリバンのメンバー約45人が加わったことを明らかにした。タリバンは武器を所持したまま州政府に「就職」した。メンバーは現在のところ「無任所」だが、ラワン知事がそれぞれの特性を生かした職務を探しているという。
「いまのカルザイ政権は、タリバン政権下の『北部同盟』のようなものだ」。内務省幹部は話す。01年まで、タリバンにカブール北方の狭いパンジシール渓谷に追い詰められ、崩壊寸前だった北部同盟のことだ。
この時は同時多発テロという神風が吹き、北部同盟は米軍とともにタリバンを打ち破ってカルザイ政権の原点となった。だが6年後のいま、政権は再び追い詰められつつある。カルザイ大統領は米国の後ろ盾でかろうじて政権を維持しているにすぎない。』
少なくとも、アフガニスタン住民は、米国の傀儡政権であるカルザイ大統領の下での国づくりを求めていないことは事実である。