セルビア・コソボ 再び内戦か 20
【2月28日政治ニュース】 ソビエト連邦解体により、旧ユーゴスラビアはコソボの独立で7つの国になった。コソボは10年前の民族紛争で悲惨、辛苦の極みを味わい、実に18年を経て2月17日独立を宣言した。
ヨーロッパ全土がEU加盟国入りを実現していく過程で、コソボの独立は一見して歴史的成り行きの説得力を持っているように今日マスコミ報道がなされている。
そこで、今後の[政治ニュース]は、報道の追従、事件、事件の歴史伝達だけではないコソボ独立問題を伝える意義を明確にして、検証、考察の、本来のタイトルにある[格物致知]の意義を伝える内容を付け加えていくことにする。コソボ独立の歴史的意義をより正確に認識する為に、何が始まろうとして、何が書き換えられていくのかを論じることが必要である。
先ず、[政治ニュース]がコソボ問題を取り上げた第1稿は2007年12月11日、タイトル「セルビア・コソボ 再び内戦か=正義の戦争の結果」である。重複するが、コソボ独立を検証する必要性を伝えたマグマ溜りといえる、その冒頭を紹介する。
『【12月11日政治ニュース】 1999年3月24日、米軍主導のNATO軍が「アルバニア系住民への民族浄化を阻止する」との名目で、セルビア・コソボの空爆を開始した。当時のクリントン米大統領は、コソボ爆撃は「人道的介入」、「平和の大義を推し進めている」と主張、世界のメディアもそれを疑わず全面的に支援広報を始めた。米国の主張を世界が鵜呑みするための論陣を張ったのが、大江健三郎氏と往復書簡で論じ合った「正義の戦争」を主張した亡きスーザン・ソンタグ氏である。
コソボ空爆から米国の「正義の戦争」物語が世界を闊歩し始める。そして、米国と同盟、友好国は、「破壊」からもたらされる国益とやらの分捕り合戦に便乗することが、世界の人道、平和貢献に寄与するとの置き換えられた認識を正当化することになった。
そして、コソボは国連安全保障理事会の預かりになり、コソボ空爆問題は、一気にマスコミから消え去ることになった。
私たちは、コソボ問題について、国連安全保障理事会の預かりとなり、政治的打開策が上手く行っていたものとばかり考えて、完全に忘れてしまっていた。
ところが、空爆から8年も経つというのに、再び武力衝突があるかもしれないということが12月9日 の東京新聞で報じられていた。』
9日東京新聞が伝えた内容のなかに、今セルビアで起こっている独立反対の根本要因と考えられる重要な文言がある。
『セルビアのコシュトニツァ首相は国連報告に先立つ声明で「コソボが独立宣言すれば、北大西洋条約機構(NATO)がセルビアを空爆したのは、かいらい国家をつくるためだと明白になるだろう」とコソボの動きや独立を容認する米国、EU諸国をけん制。八日には「交渉こそ民主的な解決への本質だ」として、交渉再開をコソボに呼びかけた。』(9日東京新聞)
セルビアは、1999年3月24日、米軍主導のNATO軍による「セルビア・コソボ空爆」の狙いは、米国のお得意とする「かいらい国家」をつくることだったと主張していることだ。
私たちがこの主張を念頭におけば、21日の政府主催で行われた15万人規模のコソボ独立反対の抗議デモで、一部のデモ隊が米大使館を襲撃したその理由が頷けるというものだろう。(続く)