2008年03月01日
セルビア・コソボ 再び内戦か 22
コソボは米英国の「かいらい国家」なのか 3
【3月1日政治ニュース】 コソボ北部はコソボ住民の約一割がセルビア人で、1997年コソボ紛争前から民族自決運動の火薬庫だといわれている。
コソボ紛争で直ぐに想起させられるのが、「セルビアによるコソボでの虐殺」である。当時米英両国は、虐殺被害者数は「10万人」と報じ、その後の関係者の証言が明らかになるにつけて、「5万人」に減り、さらに精密な検証の結果、「1万人」程度だと推測され、現在の発表は「1万人」説が通常発表されるに至っている。
但し、セルビア政府は「虐殺」をアルバニア人による自作自演、欧州連合(NATO)のでっち上げと主張している。さらに、「虐殺」は、ほとんど無根拠な誇張話だったという説まで出回るようになった。
参考までに[政治ニュース]のこの紙面での見解は、過去20年前から、ソビエト連邦崩壊から、民独自決紛争による相互の「虐殺」があったとだけ付け加えるに留めておく。また、「虐殺」による「難民問題」はこれも同じことで、事実として認識しておきたいのは、「人道的介入」の前段階の難民よりも、米国主導のNATO軍による「コソボ空爆」後の方が大量難民を出していることだ。
難民問題はさて置くとして、よく論じられる「虐殺」の程度の相関関係であるが、「虐殺」は「被害者数」に関係なく、「人道的介入」を余儀なくする国家勢力図を如術に物語る歴史の縮図になっている。
コソボ紛争が象徴する1997年以降の戦争は、「人道的介入」という起爆剤が中心課題だ。そして、「人道的介入」の概念は、戦略的に「集団的自衛権」を正当化する格好の概念になった。
21世紀の戦争は、20世紀初頭の植民地政策戦争から金融戦略戦争、そして現在、「人道的介入」による戦争となっている。
戦争の主役は、当初は英国であったが、今は米国、主役は常に2枚看板アングロサクソン弱肉強食主義の世界公演になっている。(続く)
【3月1日政治ニュース】 コソボ北部はコソボ住民の約一割がセルビア人で、1997年コソボ紛争前から民族自決運動の火薬庫だといわれている。
コソボ紛争で直ぐに想起させられるのが、「セルビアによるコソボでの虐殺」である。当時米英両国は、虐殺被害者数は「10万人」と報じ、その後の関係者の証言が明らかになるにつけて、「5万人」に減り、さらに精密な検証の結果、「1万人」程度だと推測され、現在の発表は「1万人」説が通常発表されるに至っている。
但し、セルビア政府は「虐殺」をアルバニア人による自作自演、欧州連合(NATO)のでっち上げと主張している。さらに、「虐殺」は、ほとんど無根拠な誇張話だったという説まで出回るようになった。
参考までに[政治ニュース]のこの紙面での見解は、過去20年前から、ソビエト連邦崩壊から、民独自決紛争による相互の「虐殺」があったとだけ付け加えるに留めておく。また、「虐殺」による「難民問題」はこれも同じことで、事実として認識しておきたいのは、「人道的介入」の前段階の難民よりも、米国主導のNATO軍による「コソボ空爆」後の方が大量難民を出していることだ。
難民問題はさて置くとして、よく論じられる「虐殺」の程度の相関関係であるが、「虐殺」は「被害者数」に関係なく、「人道的介入」を余儀なくする国家勢力図を如術に物語る歴史の縮図になっている。
コソボ紛争が象徴する1997年以降の戦争は、「人道的介入」という起爆剤が中心課題だ。そして、「人道的介入」の概念は、戦略的に「集団的自衛権」を正当化する格好の概念になった。
21世紀の戦争は、20世紀初頭の植民地政策戦争から金融戦略戦争、そして現在、「人道的介入」による戦争となっている。
戦争の主役は、当初は英国であったが、今は米国、主役は常に2枚看板アングロサクソン弱肉強食主義の世界公演になっている。(続く)