セルビア・コソボ 再び内戦か 27
「人道的介入」から「人道復興支援」へ
【3月9日政治ニュース】コソボは、独立しても経済的、政治的に自主権を行使できるかは甚だ疑問視せざるを得ない。世界のマスコミは、改善が望めないという現実を伝えているが、伝えられた事実よりも現実は悲惨な状態にあることは不思議なことではない。つまり、それだけ疲弊、病んでいる地域の独立に希望を語るのは危険である。
コソボ独立は、米国と欧州連合の国連コソボ暫定統治機構(UNMIK)の下に、北大西洋条約機構(NATO)平和維持部隊(KFOR)の現地駐留とコソボ独立承認国を中心に構成するコソボ国際運営グループの人的、経済的援助の監視化の下で自治権の独立を目指す形式になっている。
独立に伴う当面被るであろう現実に対して、民族自決の衝突を避けるために平和維持部隊(KFOR)は必要である。反対周辺国との経済摩擦による一時流通機能麻痺のために経済支援は必要である。当然の必要策であると考えられる人的、経済的支援を総じて「人道的復興支援」という言葉で最近語るようになった。
近年、「人道的介入」という言葉がマスコミ、紙面上から消えているように思われる。特に、日本では「介入」という言葉は誤解を招くとして、コソボ空爆以後余り使われていないようである。端的にいえば、介入は人道的ではない側面を持つと考える関係者が増えてきたからだ。
そもそも、コソボ問題で代名詞になった「人道的介入」の原語は英語でinterventionとなっているらしい、国際法では「介入」でなく「干渉」と訳すべきだと指摘する識者がいる。通常、「内政不干渉の原則」で使われているのもこのinterventionであるらしい。
国際関係において「干渉」は「介入」を招くという前提は大いにありうることだ。従って、国際間で「内政不干渉の原則」が尊重され、各国はそれを主張する。コソボの場合は、現実に軍事行使だから当然、「介入」と訳しておいた方がより明確な表現だと考える。
状況においては、介入は警察の意味を持ち正当な手段として主張される、コソボではまさに「正義」であり「人道」であったわけだ。
しかし、日本は米国、英国とは違い、20世紀初頭からの国際間における「介入」は、悲惨な結末を迎える歴史を刻んだ。従って、「介入」という言葉を自ら進んで使うことはなかった。
しかし、21世紀、大戦戦勝国は世界に「豊かさ」を輸出、グローバル化を進め、ケンタッキーフライドチキンやミスタードーナツに象徴される世界流通戦略の舵を切った。さらに、同時現象のように「豊かさ」と「平和」をスローガンとして輸出するようになった。さらに世界が一つになって「平和」構築を目指すことが歴史的意義であると主張するに至った。その一つがお馴染みになった国連組織PKO(Peace-Keeping Operations)、国際平和維持活動である。
日本は冷戦後、国際平和維持活動が世界の潮流になった1992年から緊急人道支援から復旧復興支援を実施するようになった。いわゆる「人道復興支援」という錦の御旗である。そして、最も身近に日常語として語られるようになったのが、2003年、イラク戦争の後方支援を実施する時に制定した、「イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関する特別措置法」、略称「イラク特措法」、通称、米国のイラクに対する軍事介入(先制攻撃)後の後方支援のことだ。(続く)