イラク 開戦から5年 4
【写真】バグダッド中心部ではテロリストの攻撃に備えコンクリート壁が建ち並ぶ。猛スピードで駆け抜ける米軍車両にカメラを向けると銃で狙ったと勘違いされかねず危険だ=13日、フィルドス広場でバグダッド防護壁の意味するもの
【3月17日政治ニュース】 「3月12日政治ニュース」において、20日でまる5年になる米国のイラク侵略戦争について、毎日新聞は「混迷イラク:開戦5年に聞く」というタイトルで当時の関係者の取材インタビュー特集を掲載し始めたと紹介した。
その毎日新聞は15日から現地での記者取材による5年後のイラク現地レポート特集の掲載を始めた。
タイトルは「戦争のつめ跡:5年後のイラク」である。そこで、【政治ニュース】は両方の特集から認識を新たにしなければならない事実、歴史を再考する。
3月15日毎日新聞、「戦争のつめ跡:5年後のイラク」(その1)、「防護壁が囲むバグダッド 敵意の海、浮かぶ要塞」を紹介する。
『イラクの首都バグダッドは、コンクリート壁が建ち並ぶ要塞(ようさい)都市に変わり果てていた。20日でイラク開戦から5年。政府施設が集中し、最も治安が安定するグリーンゾーンの上空には、テロリストやスナイパー(狙撃手)を警戒する米軍ヘリが飛び交う。米国は07年1月、バグダッドを中心に3万人の部隊増派を決定、「増派は成功した」(ブッシュ米大統領)と強調する。だが、その実態は、まさに敵国の中に浮かぶ基地だ。力で抑え込んだ安定にすぎない。
記者がバグダッドに入ったのは3年半ぶり。この間、北部クルド地域や南部サマワを取材したことはあったが、治安の悪化で首都に足を踏み入れることはできなかった。
米軍施設や政府機関が集中するグリーンゾーン。その周辺でも、日に数回、迫撃砲と思われる爆発音や、ライフルの連射音が響く。だが、人々は驚く様子もない。これが「治安が安定」したグリーンゾーンの日常風景なのだと思い知らされた。
レッドゾーンと呼ばれる市街地の様子を知りたい。11、13の2日間、思い切って市街地に出た。チグリス川を渡り、対岸のカラダ地区のほか、フセイン元大統領像のあったフィルドス広場、大壁画で有名なタハリール広場周辺などを歩いた。
グリーンゾーンとの出入り口に車を横付けし、ドアが開くのを待ち飛び乗る。外国人が乗っているのが分からないよう、後部座席に体を横たえて移動した。同乗した警備員は、前後左右の車両だけでなく、スナイパーを警戒し付近のビルに鋭い視線を送る。助手の口数は少なくなり、車を止め、写真を撮ると「ダメだ。車に戻れ」と命令口調になった。
最初に目に付いたのは、各省庁、米軍関連施設、各国大使館や政党の建物の防護用に設置されたコンクリート壁(高さ約2〜3メートル)だった。壁を撮影していると、突然、猛スピードで米軍車両が通過した。その瞬間、助手が叫んだ。「危ない。逃げろ」。カメラを銃と勘違いした米兵が、銃を乱射するのを恐れたからだ。
米軍やイラク軍のジープ型の車、トラックがひっきりなしに、警笛を鳴らしながら猛スピードで市街地を走り抜ける。スナイパーやロケット弾攻撃の標的になるのを避けるためスピードは緩めない。
タクシー運転手のアラア・ムハマンドさん(32)は「どれだけカネを積まれようと、今、米国企業で働けばテロリストに狙われ、すぐに殺される。(治安が改善したと強調する)米国は大うそつきだ。我々は、毎日、きょう一日、無事で過ごせるかどうかと、不安の中で生きているんだ」と訴えた。
道路の傷みや歩道周辺の汚れも目立つ。バグダッド陥落直後に放火された政府ビルの多くもそのままの姿で、進まぬ復興状況を目の当たりにした。
==============
■ことば ◇グリーンゾーン
イラク戦争でのバグダッド陥落後、首都中心部のチグリス川西岸に設置された米軍管理区域の通称。「インターナショナルゾーン」とも呼ばれる。面積約10平方キロ。周囲はコンクリート壁や鉄条網で囲まれ、多国籍軍が厳重警備する。かつてフセイン元大統領らの宮殿があった。現在はイラク政府庁舎、米大使館、ホテルなどが集中する。』[3月15日毎日新聞=バグダッド小倉孝保](続く)