
4月29日、各紙社説は「昭和の日」にちなんだ記事を掲載している。また、全国各地で「昭和の日」をモチーフにしたイベント紹介、政治ニュースを報じている。
改正祝日法は、「昭和の日」を、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日と位置づけている。
「社説」では、挙って政府の位置づける内容をそつなく紹介、論説している。最後のくくりは総じて「昭和がどういう時代であったのか、日本の将来がどうあるべきか、話し合ってみたい。」というものだ。
要するに、「昭和」という時代で、国民と苦楽をともに昭和天皇がいたという、日本天皇社会制を裏付ける歴史性を言及したものだといえる。
昭和天皇誕生日の4月29日は、平成から「みどりの日」として昨年まで18回を数え祝日として定着してきた。19年前に自民党自体が納得して制定した祝日法である。しかし、今、なぜ 「昭和の日」 なのかという経緯については、本日のマスコミ等政治ニュースとして一切報じられていない。

実は、7年前に「みどりと平和を愛した」象徴として「昭和天皇記念館」(昭和聖徳記念財団運営)建設が計画されると同時に、「みどりの日」を「昭和の日」に変える祝日法改正案を与党が出している。「みどりの日」の制定過程から2度廃案になった訳だが、2005年4月5日衆院本会議で自公民の賛成多数で可決された。この時は、国会論議が全くなく、マスコミも以前から無関心を決め込んでいた、産経新聞が3月26日、朝日新聞が辛うじて3月31日に記事にしている位で、他社に記事掲載はなく話題にならなかった。
その「昭和天皇記念館」は昨年秋から開館している。当然、「みどりと平和を愛した」象徴として昭和天皇を賛美した陳列に終始したものである。キーワードは「みどりと平和」であり、戦後、天皇と国民の一心同体的国策運動、「戦争と平和」の同基盤構造の「平和」側面だけを強調した開館になっている。そして、それを国民と共有する最大の式典が祝日「昭和の日」ということだ。
現在、私たちは、歳月による歴史認識の風化が一気に瓦礫と化すこと著しくなった時代背景で生きている。「昭和天皇記念館」は、私たちにとって何を意味するのか「昭和の日」の機会に考える必要がある。
因みに、1945年4月7日、1億総玉砕の命を受け、1億総特攻のさきがけになった戦艦大和が撃沈された日である。



