【格物致知】お粗末を絵に描いた民間への衝突

【写真】涙ながらに直訴する親族(左奥の女性)に、頭を下げる石破茂防衛相(手前)=21日午後4時半、千葉県勝浦市(撮影・矢島康弘)
【2月24日政治ニュース】 イージス艦と漁船の衝突原因は現時点においても解明されていない。普通の国民は、イージス艦が漁船を確認したのか、また、当直指揮官が回避行動を指示したのかに尽きると考えるが、自衛隊はそう簡単な問題ではなさそうだ。原因究明は簡単明瞭に行われないとしても、複雑怪奇な事件ではないことは明らかだ。
国民に対して行政判断が明瞭に提示されなく不透明性による不信感とわだかまりしか与えない結果になっているかというと。常に当事者不在でことが検証が進められるからに他ならない。
今回の事件にしても、当事者発言が検証の土台に載って発表が皆無の状態としか理解できない政府答弁、石破防衛相説明に終始している。それも、答弁内容は何時間前の自衛隊つじつま合わせ見解を発表している。石破防衛相が苦虫潰し神妙顔したりをいくら演じても、もうその手のパフォーマンスは願い下げとしか私たちは思わなくなっている。
ズバリ言ってしまおう。防衛省・自衛隊は、イージス艦の危険回避義務を棚に上げて、自己責任回避に終始、現場当事者から石破防衛相の責任回避までのストーリーを練り上げるかに掛っきりになっている。
米国との集団的自衛権をいかに可能な現実にするかのために莫大な税金を投入、さらに防衛省・自衛隊の自己保身に私たちの税金を注いでいるのが日本政府の実態である。
国会で二言目には「国民のため、主権在民」を吹聴するが、現実は米国の為、延いては日本の国益とお題目を並べて、ひたすら組織と自己の保身しか考えていない。行政機構は全て自己保身の塊、これに尽きる。国を治める、守るの御上意識は常に国民を差別している。
海域も道路も御上の判断ですべてまかり通るという非常識が常識化している。
御上の驕りは決定的証拠としてやはり事件化するものだ。紛れもなく、そこ退けそこ退け御上が通るを地で行く事件がイージス艦衝突事件の2日後の21日に起こっている。
22日産経スポーツはその模様を報じている。
『イージス艦に続き石破防衛相も“衝突事故”地元へ謝罪訪問中=涙ながらに直訴する親族(左奥の女性)に、頭を下げる石破茂防衛相(手前)=21日午後4時半、千葉県勝浦市(撮影・矢島康弘)
イージス艦衝突事故で、石破茂防衛相(51)は21日、行方不明父子の地元、千葉県勝浦市を事故後初めて訪問した。親族や漁協関係者に直接謝罪するためだが、その直前に“新たな”衝突事故が。石破氏が乗った公用車が同市内の交差点で右折の際、軽乗用車と衝突したのだ。けが人はいなかったが、悪いことは重なるのか…。謝罪訪問では親族から「2人を生きて帰して!」との悲痛な叫びが出た。
◇事故の連鎖か? 引責辞任論も取りざたされる石破氏が、くしくも謝罪行脚の途中に“事故”にあってしまうとは…。
石破氏は21日午後、イージス艦衝突事故の謝罪で千葉県勝浦市の新勝浦市漁協へ。だが途中の午後3時35分ごろ、同市の国道交差点で乗っていた公用車が右折の際、対向車線を直進してきた主婦(30)運転の軽乗用車と衝突してしまった。
双方の車両の前部が破損。公用車には計4人が乗り、海上自衛隊館山航空基地の自衛官(30)が運転、石破氏は後部左側にいた。軽乗用車の後部座席には幼児1人もいたが、ともにけが人はいなかった。石破氏は別の車両に乗り換え、現場から約1キロの漁協へ。漁協近くでは大勢の地元住民と報道陣が待ち構え、騒然とした雰囲気に包まれた。』(22日産経スポーツ)
『国道交差点で乗っていた公用車が右折の際、対向車線を直進してきた主婦(30)運転の軽乗用車と衝突してしまった。』
この記事の一文で「防衛省・自衛隊の非常識」が語り尽されている。今回のイージス艦衝突事件も然りだ。常識とは、直進車両が優先で右折車両は一旦停止なのだ。国民が停止、回避するだろうという全職員の思い込み、驕りの常識化が事故を誘発している、その非常識さに尽きる。





